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モールを出て一駅電車に乗り、直紀の家付近まで歩いてきたところで、どうでもいい雑談をしていた直紀が歩く速度を緩めないまま小声で言った。
「なんか……記者っぽい車いる」
「え、そんなんわかんの?」
「わかる。僕そういうの敏感」
ちょっと振り向いてみたものの、路上駐車されている車は何台かあって、どれが記者だとかそれが住人の物だとかの違いは、俺にはよくわからなかった。
俺はそういうのに鈍感だ。つけられていても全然気づかない。たぶん、考えごとに没頭しながら歩いたりしていることが多いから。交通事故にだけは気を付けろと周囲の人間にはよく言われる。
今、誰かにつけられているとしたら、どっちが目的なのだろうか。
俺だったら人気アイドルのプライベート狙いだろうし、直紀だったらなんだろう。小島さんとの熱愛の路線が消えたから、他の女の子と関係を持っていないか、とか?
わからない。そういうのじゃなくて、単に俺ら二人の休日を撮りたいだけな気もする。だったら別にいいか。
同じことを思ったのか、直紀が隣でふっと笑う気配がした。
「どうせ僕らが二人でいても、僕の家に友だちのお前が遊びに来たって思われるだけの話だよ。あいつら仲良いんだなあって」
「……俺の白井っちへの気持ちは、友情じゃないのに」
おかしな話だと思う。男女の友人が一緒にいれば付き合っているとか言われるのに。想い合っている俺たちが一緒にいても、付き合っているとは思われない。
「今ここで僕と想太がいきなりキスしたりしたら、さすがにネタになるだろうけどね」
「そりゃまあ……うわっ」
急に、直紀が俺の背後に回って背中から抱き着いてきた。びっくりして立ち止まる。
「何やってんの!?」
「ハグ」
「それはわかるけど!」
「どーせ、これくらいやっても男子高校生が子どもっぽくじゃれてるようにしか見えないよ。おりゃ」
「ちょ、やめっ、こそばい、こしょこしょすんな!」
やーめーろー、と言いながら直紀を引き離す。驚き半分、好きな人と密着した嬉しさ半分で、心臓がどきどきしている。
離れた直紀と目が合う。意外にも、彼の目は寂しそうな色を湛えていた。
「僕たちって何なんだろうな……」
「何って……」
つい考えこみそうになってしまい、ハッと我に返って直紀の背中を押す。あまり立ち止まっていたら、不審に思われかねない。
見た目だけはどうでもいいことを話すように、俺は彼の疑問に返事をした。
「両想いの、友だち」
「恋人ではないんだ」
「忘れてるかもしれないけど、俺らの高校は男女交際禁止の校則があるんだよ」
「僕たち男女じゃないけど」
男男交際の場合は校則違反になるのだろうか。がんじがらめだと思っていたルールの抜け穴を見つけたような気がして、俺たちは意地の悪い笑みを浮かべた。
「そっかあ、俺たち男女じゃなかったー」
「ま、お互いの立場を考えると秘密にしとくしかないけどな」
子役の頃から愛されてきた俳優と、ファンがいっぱいいるアイドル。
どちらも、恋人はこんな人であってほしいだとか、恋人なんか作らないでほしいだとか。多くの願望を向けられながら生きている。
きっと大多数の人にとって、白井直紀の理想の恋人は結城想太ではないし、結城想太の理想の恋人も白井直紀ではない。
そうこうしているうちに、直紀の家につく。
「……白井っち。友だちでも恋人でも何でもいいけど、好きだよ」
ものすごく小さく囁くと、直紀は同じくらいの声量で一言呟いた。
「知ってる。僕も」
本当に一瞬だけ、頭がパンクしそうになった。
同じ気持ちを返してもらえる喜び。俺たちの本当に気持ちを隠している背徳感。
直紀や俺を好きでいてくれる沢山の人に嘘をついている罪悪感。
今、隣に好きな人がいてくれることの安心感。
「想太、誕生日おめでとう」
唐突なお祝いの言葉で、俺の意識は直紀の家の玄関前まで戻ってくる。
にっこりと笑って頷いた。
「フライングのお祝い、どうもありがとう」
「フライングじゃなくて一番乗りだってば。……ただいまー」
玄関のドアが開く。
直紀に促されて中に入ると、一軒家の至って普通の玄関と廊下が視界に現れた。
ドアが閉じられたら、記者だってもういない。
同級生の平穏で平凡な家。廊下の奥から姿を現して「いらっしゃい」と歓迎してくれる彼のお母さん。
束の間の解放感を得た俺は、十七歳らしく無邪気に笑いながら「お邪魔します」と挨拶をした。
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