22.海神さまとお出かけ

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22.海神さまとお出かけ

 神殿の入り口の前、周りを岩の壁に囲まれた広場で、わたしは海神さまを待っていました。そうです、今日は海神さまに外を案内してもらう日です! ふたりでお出かけするのは今日がはじめて。  海の底はそんなに温かくなったり冷たくなったりしないと思うけど、今日はなんだかひんやりして感じちゃう。緊張してるのかなあ、やっぱり。  あっ、海神さまが出てきた。青緑色の綿ジャケット(プールポワン)に赤と白のゆったりしたマントを羽織ってる。えらい人の服です!! ってちゃんと伝わってくるけど、派手すぎはしない感じ。海神さまの趣味なのかな。  王様や貴族さんみたいなえらい人のお召し物は、立派な体格に見せたいから詰め物がいっぱい入ってるって、前に教えてもらったけど。海神さまのはそうでもないみたい。たしかに、海神さまの人間のお姿って、なにもしなくても立派な体格だもんね。 「待たせてしまっただろうか。だとすれば申し訳ない」  落ち着いていて、でも素早い歩き方でやってくる海神さま。さっそく謝られちゃった。ううん、いいんですよ! 「ほんとに今出てきたところなので! それに、海神さまも約束の時間より早く出てこられていますよっ」 「そうだったか。ならよいのだが……あの、だな」  すごく言いにくそうな顔で、くちびるをぎゅっと閉じる海神さま。迫力があって落ち着いた感じが今はなくて、なんだか不安そうにこっちを見てる。見下ろされてる。   大丈夫ですよ、言いたいことがおありならなんでもどうぞ。そんな気持ちを込めて、ふわっと笑いかけてみる。どうかな。これでいいのかな。  すると、海神さまは小さく息を吸い込んで。覚悟を決めたみたいに、背筋をピンと伸ばして言った。 「おはよう、レナータよ。その服装、軽やかで似合っておるぞ。……と、このような挨拶でよいのだろうか」 「あ、あのっ、おはようございます! うれしいですっ!」  海神さま、それがおっしゃりたかったんだ……! なんだろう、すっごく笑顔になってるのが自分でもわかる。顔があったかくて、くすぐったくて、そんな感じ。  大きな声で返事をした。 「『今の伴侶と初めての外出をするのだが、どう接すればよいだろうか』と、手足衆のひとりに相談したのだ。返答は『身なりなどのよいところを見つけて褒めながら、目を見てしっかり挨拶をすることが大事です。最初のひとことで全部変わってくると思います』であった」 「その手足衆さん、すっごくいいことをおっしゃってると思います!」 「汝もそう思うか。あの者にはあらためて感謝せねばなるまい。が、しかしだ」  海神さまはそこで一度言葉を切って、ひとつ咳払いをしてから。その大きな体に見合わない、小さな声で言いました。 「……あの手足衆の入れ知恵とはいえ、その服が汝に似合っていると言ったのは嘘ではない」 「はいっ。ちゃんと、伝わってますから」 「そうか。では行くぞ。できるだけ汝の泳ぎに合わせるが、少しでもはぐれそうになれば大声を上げてくれ」    どっしりした言い方に戻った海神さま。大きな身体ですいーっと泳ぎ出していった。えっと、ついていけるかなぁ……! ☆    神殿と外の海をつないでる洞窟を、ふたりで泳いでく。 「あの、この間はお手紙読んでくださってありがとうございますっ。お忙しいのに……」 「気にするでない。汝も忙しいのは同じであろうに、頭が下がる。それに真摯な文であったからな」 「えへへ……うれしいです。字を書くのも久しぶりで、汚かったかもですけど。でも真剣に書いたので!」 「それは知っている。字から十分に伝わった」  すっごく褒めてくださってる……! これ以上お話ししてたら、にやにやしてるのが伝わっちゃいそうだったから。黙ってついてくことにした。  でも、その途中でひとつ思ったことがあったから、つい話しかけてみる。 「海神さま。そういえば海の中なのにお手紙が濡れてぐしゃぐしゃにならないの、どうしてなんでしょう?」 「神殿の周りに、海水の影響を受けなくなる透明な結界を張ってあるからだ。結界内では地上と同じように呼吸や運動などができ、身体や物は濡れず、海水の熱さや冷たさは無視できる。火も使える。でなければ不便であろう」 「すごいなあ……。それも海神さまのお力ですか?」 「左様だ。神殿の結界に加えて、余とその眷属すべてに、結界と同じ働きをする神施を授けてある。結界の外でも自由に移動や会話ができるようにな」 「なるほどです! こうやって海神さまとおしゃべりできるのも、その力のおかげなんですね。感謝しなきゃ」 「感謝には及ばぬ。海底を拠点にするにはそうせねばならんというだけの話だ」  前を向いたまま、淡々と返す海神さま。この神様の褒め方、ちょっとまだわかんないかもしれない。どうしたら素直に受け取ってくださるのかなあ。わたしは! 全力で! 心の底から褒めてますからね!!!  まあ、これはもうゆっくり考えてくしかないよね。それよりも今は気になることがあって。 「海神さま、ひとつお尋ねしてもいいですか。ちょっと答えづらいことかもしれませんけど……」 「なんなりと訊くがよい」 「あの……神殿を丸ごと包むくらいの結界を張り続けるの、きっとかなりの大仕事だと思うんです。今のお身体でそれをしたら、ご負担にはなりませんか?」    勝手に心配しちゃいます。  そこまで言ったあとで、今さらだけど顔が熱くなっちゃって。やっぱり言いすぎたよね。口がもごもご、もごもご、言葉にならない声が出る。   「おぼろ気ながら汝のことがわかってきたように思うのだ。『負担ではない』と返そうが、『負担である』と返そうが、いずれにせよ心配はするのであろう?」 「そ、それは……はい」  半分呆れたような、でもどこか優しい感じの声。  全部見抜かれているみたいでなんだか気まずい。わたしってそんなにわかりやすい女の子なのかな。  海神さまの顔を見られずにいると、   「それが悪いとは言うておらぬ。汝はそういう性分なのだろうから、好きに余を心配していればよい。とはいえ、いくら心配されようとも、余はただ役目を全うするのみだが。感情や悲鳴など余には不要だ」  優しいお言葉が帰ってきて――あれ、そうでもないような? うん、やっぱり優しくないです。  ご自分を道具だと考えてらっしゃるところ。どんどん弱っていく中でも、最後まで神様をがんばろうとされているところ。どちらもきっと、海神さまは譲るつもりがない。  でもわたし、海神さまのそういうとこ、あんまりすきじゃないかもです。だって―― 『自分は世界を維持するための道具なんだから、なにがあっても最後まで役目を果たすだけ』  とおっしゃるときの海神さまは。 「急ぎだとしても、まずは神舞をひと通り覚えてから巫女の力の修練に移ってほしい」  と言ったときのユミアさんや、 「話を聞いて、求めていそうなものの近くまで連れていくのはわたしの役目。でも、そこから実際に書物を探して出会うのはあなたたちがするの」  と言ったときのオリヴィアさんとは、似ているようで全然ちがうから。  これだけは譲れない、っていうのは同じでも、ユミアさんとオリヴィアさんはどこか誇らしそうにしていました。でも海神さまは、こういうこと言うとき、とっても苦しそうじゃないですか。くちびるを噛んで、必死そうなお顔で。なんだか、間違えるのを怖がっているみたいに。  ――ほら、今もそうですよ。    海神さまにこんな顔をしてほしくない。ご自身を大事にできるようになってほしい。わたしも力になりますから。  ひとつ、目標ができました。……どうすればいいかは、まだわからないんですけど。    とりあえず海神さまを見つめるわたしです。――あっ、ぷいって逃げられた。  待ってください、泳ぐの早いです~!  ☆  海神さまのお嫁さんになった日、カストさんに神殿まで案内してもらったときには気づかなかったけど。この洞窟って途中でいくつも道が分かれてるんだね。ひとつ分かれ道を間違えるだけで全然ちがう場所に出ちゃいそう。海神さまを見失わないように追いかけていたら、目の前がぱっと広くなった。洞窟を抜けたんだ。 「先ほどは急に置き去ってしまいすまなかった。着いたぞ、レナータ」  わたしのほうに向き直りながら、海神さま。今日は、面白くて、眷属さんからの評判もいい場所を案内してくださるってことだけど……。   「ええっと、これは?」  遠くに、柱みたいな形の細長い岩があるのは見えるよ。その岩の先から、金色の水(?)がごうっと音を立てて噴き出しているのも。でも、周りに海の生き物さんがいるわけでもないから、ここがどういう場所なのかはちょっとまだわかんない。海神さまに訊くしか。   「海底火山の熱によって温められた水が。地中より噴き出しているのだ。温泉は分かるか?」 「はいっ。小さいころに一回だけ行ったことがあります。とってもいいところでした!」 「そうか。ここは、地上でいう温泉のようなものだと思えばよい。人間たちはこれを熱水噴出孔(チムニー)と呼んでいるようだがな」    お、温泉……!
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