1.世界でいちばん嫌な嫁入り

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1.世界でいちばん嫌な嫁入り

 男は海へ、女は機織(はたお)りを。私たちのコルニ村は、そうやって何年も継がれてきた。  だから、機織りの下手なわたしが嫌われるのも、当然といえば当然で。  ――頭ではわかっているんだけど。 「レナータ、食べ終わったらさっさと掃除するんだよ。皿拭きも。少しでも汚れが残ってたら……わかってるわね?」 「母さんの前で嫌そうな顔しないで。しょうがないでしょ、あんたは落ちこぼれなんだから」  一日の始まりに欠かせない朝ごはん。その最中でも、義母(かあ)さんと義姉(ねえ)さんは冷たい目を向けてくる。沼鳥のミルクをかけたカラスムギも、おいしく感じない。食べるけど。これがわたしの主食だし。 「……はいっ。しっかり家事します」 「声が小さい」 「はいっ!」 「もっとお腹から」 「はいっ!!」 「……まあ、いいわ」  ふっくらしたチーズ入りパンをほおばりながら、義母さんは言った。  ☆ 「ほんと、嫌んなっちゃうよ。ねっ、ソフィー?」  任された家事をひと通り終えて、自分の部屋で休憩する……といっても、もともと物置だったとこだけど。当然狭っこい。三人も寝転がったらいっぱいになっちゃう。  そんな場所だけど、綿入り人形のソフィーがいれば天国に早変わり。大きなクジラのソフィーは、いつでも私の話を黙って聞いてくれる。人形だから当然だけど。  それでも、本当に助けてもらっている。ソフィーにだけ打ち明けて少しすっきりしたら、こんなのでへこたれないぞって思えるから。諦めて受け入れたら、ただ生きているだけになっちゃう。一生そこで沈んじゃう。未来は自分で切り開くんだ。  その一環で、最近は近くの村のおばあちゃんのところで、歌と踊りを習っている。もちろん家族には内緒で。  手に職をつけるって言うんだっけ。いつか、なにかで使えるといいなあ。  ソフィーはもちろん、おとぼけ顔のままだった。  つらいことがあっても、こうやってどうにか頑張れる――と、思っていたんだけど。 「レナータ! そんなところで籠ってないで出てきなさい。母さんが、大事な話があるって」  義姉さんの声から、全部が変わった。  ☆  居間に行ってすぐ、違和感があった。わたしの椅子だけおんぼろなのはいつも通り。義姉さんの視線が冷たいのもいつも通り。違うのはそう――義母さんがわたしに、とびっきりの笑顔を向けていること。  うれしくてうれしくてしょうがない、みたいな。――毒気がなさすぎて逆に不安になるような。  絶対、なにかあるでしょ。  父さんが再婚して、義母さんとはじめて会ってから5年は経ったけど。愛想笑いすら一度もしてくれなかったのに。怪しいな~~~!  悪いけど、警戒して損はないよね。  義母さんは明るく切り出した。 「レナータももう十五歳。成人の儀も終えたわ。だから、嫁入りの話を持ってきたわよ!」 「……それって、お見合いってこと?」 「違うわ。相手はもう決まってるの」 「えっ、そんなの」  お貴族さまとかじゃないんだから。  そんな気持ちは見透かされてるみたいで、義母さんは笑顔のままだった。 「なによその顔。つべこべ言わず喜びなさい。なにしろ相手はあの海神さまなんですから! よかったわねぇ、レナータ?」  「……えっ、う、うん!」  なんとか返事はできたけど。なにそれ。どうやったら喜べるの。  海の幸(と機織り物)しかめぼしいものがないコルニ村がここまで続いているのは、海神さまの神殿が近くの海にあるから。海神さまと契りを結んで、大漁が約束されているから。  その契りを続けてもらうための代償が生贄だってこと、村の人ならだれでも知ってる。二十年おきに、村の中から成人した若い女の子をひとり選んで、海の底へ捧げるの。『海神さまの花嫁』として。  わたしたちまだまだこれからなのに、村の都合で捧げものになるなんて。世界一いやな嫁入りだ。小さな村だけど、年の近い子はそれなりにいる。だから、自分が選ばれることはそうそうないよね……と、深く考えずに逃げていたけど。  そうだ。わたしは、嫌われ者なんだった。厄介払いにちょうどいいって思われたんだ。  村のえらい人たちが決めたんだろうけど、義母さんも義姉さんもきっと抵抗しなかったはず。むしろ喜んでるのは、目の前の笑顔を見たらすぐわかる。  わたしひとりが喚いても、たぶんなんにも変わらない。わかってる。それでも、作った笑顔はすぐ崩れた。 「ほんとバカ正直ね。作り笑顔くらいできないと、海の底でもやっていけないわよ」 「義姉さんみたいに要領よくないもん」 「自覚あるのね。ねえ、念のため聞くけど――断る、とか言おうと思ってない?」 「言ったら状況変わる……よね?」 「おあいにくだけど、なーんにも」  そもそも、わたしが断ったところで別の子が犠牲になるだけ。それじゃ意味ないし、わたしもきっと、心が痛いどころじゃない。誰も傷ついてほしくないよ、当然。  やっぱり、受け入れるしかないみたい。 「わかった。わたし、お嫁さんになる」 「わかったもなにも、あなたに拒否権はないわ。せいぜい、その日までに身綺麗にしておくのね」 「……うん、義母さん」  そう言うしかなかった。こんなとき、お父さんがいたら、なにか変わってたかなあ。 『女性は機織りがなりわい』という村に生まれたのにうまく織れないわたしを、責めないでくれた、数少ない人、それがお父さん。  実のお母さんはわたしを産んですぐ、体調を崩して亡くなっちゃったから、男手ひとつで育ててくれて。いつも優しくて。再婚しても、わたしと義母さん・義姉さんとの間にうまく入ってくれた。  でも、四年くらい前に、乗ってた漁船が遭難しちゃって。骨もまだ見つかってない。  それからずっと、わたしは、この家でひとりぼっちだ。  ひとりぼっちのまま、終わるのかなあ。  ☆  家にいたくなくて、予定もないのに飛び出した。  コルニ村は海沿いの崖を切り開いてできたらしいから、ほとんどの家が急斜面に建っている。わたしの家はかなり上のほうにあるから、坂を走って駆け下りる間に、誰かには会えるはず。  ――どこか、落ち着ける場所に行きたいな。  そうだ! いつも話し相手になってくれる、ハッシュおじいさんの家に行こう! わたしの味方はあの人くらいだから。  おんぼろ靴で勢いよく走る。目的地はすぐそこ。 「ハッシュおじいさん、こんにちは!」 「レナか。ほっほ、今日も元気そうじゃの……生贄になるというのにな」 「……おじいさん?」  庭いじりをしてる、ふさふさ白髪のおじいさん。  でも様子が変だ。いつものやわらかい笑顔が、なんだか怖い。 「気のいい老人のふりをするのも疲れたよ。あんたの前から頼れる者がいなくなり、それで自死でも選ばれたなら、生贄に捧げられなくなるからのう」  そっか。味方なんて、いなかったんだなあ。
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