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「うそを付いた時体に痛みが走る薬を世界ではじめて作ることに成功したんです!」
ふくよかな男は興奮気味にそう言った。
「へえ、それは本当ならばとても面白い。是非ともわが社で使いたいものだ。うちの幹部は騙しあいばかりで見ていて、もううんざりなんだ。私は嘘が嫌いなんだよ」
痩せ気味の男は、組んだ足で貧乏ゆすりを始めた。
「そうでしょう、そうでしょう。この薬を一粒飲むだけで一週間はみんな大人しくなりますよ!」
ふくよかな男は、テーブルの上の薬を痩せ気味の男に渡した。
「それを飲んで一番わかりやすい、私の容姿で嘘をついて試してください! 大丈夫です。副作用はありません」
一瞬躊躇った様子の痩せ気味の男だったが、どうせ嘘だろうと思い直しその薬を一粒口に放り込んだ。
ふくよかな男が顔を紅潮させながら言った。
「さあ!私の事を痩せていると言ってみてください!」
「……君は痩せている!……ぐ、ぐぐ!」
痩せ気味の男は、体を折り畳んで身悶えした。
ふくよかな男は意気揚々とビルのエントランスをくぐった。
「やべえ、笑いがとまらねえ。あいつこれからの人生終わるんじゃねーかな」
溢れ出す笑みを隠すことなくそのまま近くの駅ビルのトイレに行くと、男は個室にはいった。
そしてスーツを脱ぐと馴れた手付きで自分の体を覆う肉厚な塊を剥がしていった。
数分後男の痩せた体が出てきた。
「さーて、たっぷり金もいただいたしそろそろ消えるか」
男が売ったのは『本当の事を言うと痛くなる』という薬だった。
数か月後、別の土地にいた男はあるテレビを見て顔を真っ赤にして悔しがった。
そこにはきらびやかな女性たちと楽しそうに豪遊するあの痩せ気味の男がいた。
痩せ気味の男は、薬の本当の効果を知るとみるみる嘘がうまくなり、夜の世界で羽化し羽ばたいていった。
「成功の秘訣ですか? とても良い青年が私に有るものをくれたんです。彼はとても頭がよくて、私を諭してくれたのでしょう。それで私は目が覚めまして。自分に正直に生きようと決意したんです。え? 有るものですか?」
痩せ気味の男は、以前より肌艶のよいおしゃれな紳士となっていて、ゆったりとしたソファーに寛いでいる姿はとても見惚れるものだった。
「それは、誠実さです」
お手入れの行き届いた素晴らしい笑顔は、インタビュアーすらも虜にした。
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