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それからロビーに集まった4人は、工場まで緒方が運転するワゴン車で移動することになった。
カートでの移動も出来るということだったのだが、それにはまだ風が冷たい。
工場は敷地の1番奥にあった。
「工場の移転を機に、弊社の商品の魅力をお客様に体感頂ける場所を作りたいとのコンセプトで、このような複合施設を完成させました。工場も見学用のルートを設けていますので、それに沿ってご案内させて頂きますね。」
そうして工場の前に立った四人は、金属の質感を感じさせる墨色の建物に圧倒された。
工場というよりも現代的な美術館のようだ。
工場は一般開放はしておらず、自社の社員や販売店の店員が訪れるだけだと言われて、もったいない気がした。
緒方が説明するのを聞きながら、工場の中を進んで行くと、人の手が至るところで掛かっていることに驚かされる。
ひと月の生産数が少ない理由と、高価な理由は、その工程を見ると納得せざるを得ない。
1時間程かけて工場見学を終えると、開発部門の二人の男性が待つ一室に通された。
涼子はその内のひとりが、最後に入ってきた未来の顔を見て息を呑むのに気が付いたが、未来に変わった様子は見られない。
そして長テーブルに向かい合って立ったところで、自然と自己紹介が始まった。
開発部門の責任者に続いて、部下のその男性が口を開いた。
「開発部門で主任をしております、宮下諒真です。」
えっ、未来が小さく声を上げて、宮下は微笑んだ。
「久しぶり。やっと気が付いてくれた。」
「お知り合いですか?」
緒方が未来と宮下の顔を交互に見て、会議室にいた全員が一斉に二人を見た。
「高校の同級生です。」
宮下が答えると、皆がへえっと驚いている。
未来がすぐに分からなかったのは、宮下の伸びた髪と全体的に逞しくなった姿のせいだった。
高校時代から身長は高かったが、もう少し線は細かったように思える。
それでも爽やかな笑顔はあの頃のままだった。
未来が懐かしそうに宮下を見つめるのを、涼子はため息が出そうになるのを堪えながら眺めていた。
社長、残念ながら取り越し苦労じゃなかった、と心の中で呟く。
それぞれの気持ちはさておき、炊飯鍋の完成に至る
奮闘を、開発に携わった二人は熱心に語った。
未来たちは話を聞きながら、印象的な言葉をノートに書き取る。
宮下の話を聞きながら、改めて未来は驚いていた。
未来と同じエリアにある大学に進学すると本人から聞いていたが、高校卒業後のことは詳し聞いたことがなかったのだ。
話を終えて部屋を出た未来に、宮下は声を掛けた。
皆は何となく先を歩き、二人は並んで後ろをついて行く。
「今日は、ここに泊まるんだろう?ホテルにバーがある。夕食のあと、同窓会をしないか?」
「同窓会って、二人だけなのに。」
未来は笑ったが、宮下が精一杯、気を使ってくれていることは、分かっていた。
「7時から夕食だから、9時でいいかな?」
未来が笑顔を向けると、宮下はホッとしたように頷いた。
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