3021年

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3021年

 人々は()が昇ると起床し、()が沈む前に家へと帰る。  生活の基盤は多くが農業や畜産であった。  裁縫や物作りに長けた人々は、衣服や生活に必要な物をこしらえた。  力があり、身体能力のある人々は家を建てたり修理をした。  それらの労働への報酬は、その各々の能力である。いわゆる、物々交換だ。  (かね)はもう存在しない。  百年前の世界規模で起こった大災害で、人類は文明の利器というモノを全て失った。  あらゆる分野の博識者も失った。  生き延びた人々で力を合わせ、どうにか過酷な環境を乗り越えた。  自然が落ち着きを取り戻すと、人々は定住の地を決め、平穏な暮らしを築くことにした。 『二度と同じ過ちを繰り返さない』  それが人々の教訓で掟になった。  なので、格差が生じないように金という忌々しい物はなくなった。  それから、昔 "テクノロジー" と呼ばれていたモノを作るのは禁じられた。  これらが百年前の大惨事の元凶だったからだ。  しかし、たった一つだけ許されたテクノロジーがある。電球である。  というのも、そういう暮らしを営む人々の唯一の娯楽といえば、"読み物" なのだ。  想像力の豊かな人々が物語を作り出し、書物にした。  だが、人々は労働で忙しい。  家へ帰り、質素な夕食をとり、寝るまでの僅かな自由時間はあるものの、なにせ暗いのだ。  蝋燭があるが、一人者などは書物を読みながら寝てしまい、そのせいで火事になることが多々あった。  なので、電球だけは認められたのである。  人々は()が昇ると起床し、各々の能力に見合った労働にいそしむ。  その間、まだ労力の無い幼い子供達は風車(かざぐるま)を持ち、無邪気に走り回った。  くるくると、風車はまわる。  ()が沈み始めると、人々は家へと帰り、電球を灯す。  その間も、まだ労力の無い幼い子供達は風車を持ち、無邪気に走り回った。  くるくると、風車はまわる。  夕食を終えた人々は、嬉しそうに書物の頁をめくり始めた。  その間も、まだ労力の無い幼い子供達は風車を持ち、無邪気に走り回っている。  よく見ると、風車には長い線があり、各家の屋根にある電力を貯める機械と繋がっていた。  そのうちに人々は眠気に襲われ、書物を閉じ、やがて家の電球が消える。  そうしてようやく、その家の風車を持った子供達は走り回るのを終えるのであった。  よろよろとしながら、玄関先に置かれた残飯(ざんぱん)に貪りつく。 「さあ。あしたも発電(はつでん)のために走らなきゃなんねぇ。はやくねちまおう。おや、三郎(さぶろう)?どうした?」 「兄ちゃん。三郎、いきをしていない。しんじまってるよ」 「そうか、そうか。この(・・)三郎はよくがんばったなぁ。なあに、また父ちゃんと母ちゃんが新しい三郎を作ってくれるさ」  二人は庭に穴を掘り、三郎を埋めて墓標として小石をそっと置いた。  等間隔で並んだ小石は十個目だった。  二人は物置小屋の中へ入り、敷かれた(わら)に寝そべる。  暗闇の中で二郎(じろう)が言った。 「兄ちゃん。おれ、はやく大人になりたいな」  一郎(いちろう)は答える。 「おれもだ。はやく大人になりたい」 「兄ちゃん。でもね、おれ、大人になっても子供を走らせるのはいやだな」 「おれもだ。いつも走りながら考えてる。もっといいほうほうがあるはずなんだ、って」 「いいほうほうって?」 「それはまだ考え中だ。いつか、大昔の学びを学ぼうと思ってる」 「それはいけないよ。だって、学びは禁じられているじゃないか。みんなより学びができたら平等じゃなくなるんだ。そもそも学びってのは物々交換できない、ムダなもんだ。だから、大昔の学びの書物はもやされちまったんだろう?」 「そうかな?本当にもやされたのかな?まあ、そうだったとしても、きっと大昔の学びをこっそり語りついでいる人々がいるんじゃないかな?おれはその人々をいつか探し出してみたい」 「どうやって?父ちゃんも母ちゃんもゆるしちゃくれないよ?それに物々交換しなきゃ、その人々ってのを見つけだすまえに腹がへってしんじまうんじゃないか?」 「それもまだ考え中。どうにかうまくやるんだ。それこそ学びの一歩なのさ」 「よくわからねぇや」  こうして束の間、暗闇の中で二人は目を輝かせて将来を語り合った。 了
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