年老いた君を見たくない。

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「離婚してくれ」  夫は言った。  私は一瞬「えっ」と固まった。  思い当たる理由がない。  共働きで数年経った。  ケンカもなく、むしろ周囲がうらやむほど仲良しだ。  家事はふたりで協力してやっている。  料理は全日、夫の味覚に合わせ、好物を作れば良いのでしょう? 昆布やカツオ節でしっかりダシを取って手間ひまかけてるんだから。  夫以外の男性にときめくこともない。もともと浮気しない。 「もう限界なんだよ。白髪は生えてくるし、笑った時に出てくるほうれい線とか見せられると、なんか、せつなくなる」  心底つらそうな顔で言う夫。  そりゃ、アラサーとアラフォーでは肌の質が違うよ。  年々、化粧のノリが悪くなってくるし。  髪のボリュームも減ってきたし。  せめてシワができるのが遅くなるよう、ファンデーションは下から上に向かって塗るようにしている。  地道に努力しているのよ。 「年上の女性が好きだって言ったじゃない。あれはうそだったの?」  と、私。  彼は面倒そうに息を吐いた。 「限度ってものがあるだろう? すぐ疲れたって言うし、体調も崩すし」  気まぐれで具合悪くなっているわけじゃありません。 「誰でも年寄りになるんだよ? 自分の好きな人だけ年取らないとか思ってる?」  私が言うと、彼はますます不機嫌な表情になった。  思っていたらしい。  私もそうだった時期がある。  大人って子どもより外見の変化にとぼしいからね。 「とにかく、そういうことだから」  彼は話を切り上げて背を向けた。  そこで気づく。  いや、前々から知っていたけどね。 「あなた、ハゲたわねぇ」  さも今発見したように言う私。ひどい人だ。  彼は慌てて振り返り、「うそだろ」と両手で後頭部をなでまわす。  髪は毎日とかすだろうに。  定期的に散髪にも行くだろうに。  なんなら美容師に指摘されるだろうに。  なぜ今まで自分で気づかなかった。  まさか自分すら老いないとでも? 「ハゲていくあなたを見たくないから、髪に良いヒジキとかシイタケ、あとタケノコなんかを意識して食事に入れてたのに」  私が言うと、彼はこの世の終わりみたいな顔になった。 「だって嫌いだし」  ヒジキはゴミに見えるから。  シイタケは裏のヒダが気持ち悪いから。  だという。 「私も限界だわ。昆布ダシだけでは進行を抑えられないもの」 「わ、わかった! 食べる! 食べます! だから見捨てないで!!」  夫は急に土下座してぺこぺこ頭を下げてきた。  うーん、どうかな。  こういうパフォーマンスしておけば許されるとか思っているのかな。  いや、せっかく話題がすり替わったことだし、この流れのままでいこう。 「じゃあ、もっとおいしそうな料理を作るわね」
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