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「では、次は真田殿ですな」
しばらく立ち直れそうにない大地、玲奈を尻目に三人は弘子に向き直る。彼女も随分バツが悪そうにしていた。
「そういえば、第一発見者ですね。彼女」
「あぁ、彼女のウソが発見時の証言のことなら事件解決だ」
緊張が走る。目の前にいる女性が、もしや殺人を犯しているのかもしれない。中田刑事に冷や汗が流れる。
真田はぐっと口をつぐみ、スカートの裾をつかみ俯いている。
「真田殿、ウソを白状する他この術を解く方法はありませぬ」
先の二人を見ているからか、真田は観念した様子だった。
「じ、実は…、私は…、…なんです」
「え、なんですかな?」
「私!男なんです!!」
「ええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!??」
落ち込んでいた大地と玲奈、そして田中警部と中田刑事も驚きの声をあげた。
「私の本当の名前は、真田 弘一と言います。あっ、入居の契約の時には本名と性別はちゃんと言ってますよ」
弘子改め、弘一の鼻は元に戻った。もう弘一はウソをついていないということになる。
「…だ、男性だったんですね」
「中田殿、残念そうですな」
「そ、そんなことっ」可愛かったなんて思ってないやい。
「これで、振り出しか…。鞍馬くん、結局このダイイングメッセージはなんなのだ。被害者の鼻の謎もまだだぞ」
「田中殿、難しく考えすぎなのでは?」
鞍馬はしばし考えるそぶりを見せ、血文字を見た後、未だに腰を抜かしている大地に歩み寄り、
「安藤殿、櫻井殿と何を揉めていたのです?」と、尋ねた。
「え?いやぁ、恥ずかしい話ですが和馬に、女をたぶらかして楽しいか、と言いがかりをつけられたのが、始まりです」
「ほぉ」
「さっきも言いましたようにお金に余裕があったので、それで遊んでいると思われたようで…、酒も入っていたので、こちらもついヒートアップしちゃって」
大地の話を聞いた鞍馬は腑に落ちた顔をし、櫻井の遺体に屈み込み、その伸びた鼻に触れた。
そして、
「あなたのウソは、安藤 大地が自分を殺したという罪を着せるため、A.D.のメッセージを残したことである」
「えぇ…?」
誰かが間の抜けた声を上げた。いくらなんでもそれは無いだろう。全員がそう思った。しかし櫻井の鼻は縮んでいき、元に戻った。
「戻りましたね…」
「戻ったな。鞍馬くん、どういうことかね」
「櫻井殿は殺されてはおりません。それは、お三方の鼻を見れば明らか」
「そうだな。では、櫻井は結局…」
「真田殿が零した水に櫻井殿が勢いよく転倒。大理石製のテーブルの角に後頭部をぶつけた。打ち所が悪かったのでしょう」
「だいぶ最初に言ったことですな」
「死を悟った櫻井殿は、昨日の口論の腹いせとして、安藤殿のイニシャルを残した。これが事件の全貌です」
中田刑事は呆れて言葉が出なかった。しかし、現にウソを暴かれた櫻井の鼻は戻ったのだ。そういうことなのだろう。
「もう私の出番はないようですな。ではこれにて」
「えぇ?ちょっと!」
中田刑事の制止を聞かずに、鞍馬はさっさとその場から姿を消した。残された五人は複雑な面持ちでしばらく言葉を発せられなかった。
その後、現場の調べは終わり、田中警部と中田刑事は署に帰る途中の車内にて今日の事を振り返っていた。
「やれやれ、人騒がせな死体でしたね」
「全くだ。口論の腹いせで自分を殺したことにするとはな」
「でも、櫻井よりもあの三人のウソの方が衝撃でしたよね」
「ダイイングメッセージという演出もかすんでしまったな」
命を落としながらもついたウソが、弱いと思われてしまった櫻井を少し哀れに思いながら、中田刑事は車を走らせた。
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