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夏休みに入っても、聡と美咲にこれといった進展は見られないようで、何かというと聡は俺と遊びに出かけた。今日も、家からも高校からも近い湘南の海、七里ヶ浜に来ていた。泳ぐというのではなく散歩のようなものだ。
それは今までのいつもの夏休みと何ら変わりない。
聡は分かっているのだろうか。
自分が、俺が好きだと言っている相手と付き合っているという事実を。
「おまえさあ。もう少し美咲をかまってやらないと振られるぞ」
砂浜の砂を蹴り上げながらさりげなく言った。
「それは困る」
「じゃあ、夏休みだし。祭りとか。花火とかあるだろ」
「ああ、そうだなあ」
「ほら、こんなふうに海来てもいいしさ」
「うん」
なんとなく気のない返事が返ってくる。
「おまえさあ。本当に美咲が好きなの」
「美咲が俺を好きなんだよ」
「あ、なんだその上から目線」
「それよりさ。雄司はまだ美咲が好きなの」
聡の切れ長の瞳が、俺に向かって投げかけられる。
「え、……ああ」
「そっか」
「なんだよ。俺にくれるのかよ」
俺のその言葉に、聡が俺をぐっと睨んだ。
「あげないよ」
視線を俺から逸らせながら、そっけなくそう呟いた。
――なんだよそれ。
自分はそんなに美咲に気がないのに、俺には渡せないって。
「だって、美咲は俺を好きなんだから。雄司と付き合うわけないだろ」
それは、そうだけど。
「でも、お前、美咲のことそんなに好きじゃないのに付き合うってどうなんだよ」
「嫌いじゃないよ」
「そういうこと言ってんじゃないだろう」
「だって、雄司は美咲が好きなんだろ」
「……っそうだよ」
だから俺に気が引けるとか、そういう感情はないのか。思わずその問いが喉まで出かかった。
「雄司が美咲を好きでいても、美咲が俺を好きでいればいいんだ」
「それってどういう……」
「美咲が雄司を好きにならなければ、いくら雄司が美咲を好きでも、雄司と美咲が付き合うことはないだろ」
混乱する俺を置いて、聡は言葉を続ける。
「だから、美咲には俺を好きでいてもらわなくちゃならないんだよ」
俺はこころもち目を見開いて、何かを確かめるかのように聡の顔をみた。
ひょうひょうと正面を向いて、じっと目の前に広がる海に視線を投げている。諦めたような涼しげな瞳に、反射した海の光が滲んでいた。
――そうだよ。俺だって、思ったんだよ。いくら美咲がお前を好きでも、俺が美咲を好きだと言っていれば、お前が美咲と付き合うことはないと思ったんだよ。
言ってしまおうか。嘘をついていたことを。
言ってしまおうか。本当のことを。
言ってしまおうか。ただ、隣で静かに海を見つめているお前に。
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