深海鉱山

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「こんな山奥の情報どこで手に入れるんですか」  道中は人の住む為ではなく工場跡のような廃墟が多かった。ここまでくると人が住めるような地ではなくなったようだ。 「本命のは個人的なルートで手に入れたもので、噂として広まってるものじゃない。実際に心霊スポットとしての名はあるが、山奥であることがひとつと“条件と背景”がふたつで実際の怪異を見た奴はそうそういねぇ」 「あまりぼやかさないで教えてくださいよ」 「それは後でちゃんと話す」  僕の知らない場所で、既に暗くなっていることから車の運転は先輩に任せていた。車の後部座席には車中泊する為の荷物が揺れて音を立てる。男女ふたりの車中泊を許してくれる信頼関係があることは微かに嬉しかったが、正確には僕はそんなことができる人間じゃないと見透かされていたというのが正しい気がする。  車窓の眺めは次第に小さい神社や祠のような物が増えてきた。普段ならどういったものか確かめてまわるところだが「急いでいるから」と言われた。確かにもう2時間かそこらで夜明けだ。でも、先輩は何度も来てて知ってるからそう言えるんじゃないかと思った。 「もうそろそろ着くから言うが俺たちが目指しているのはトンネルだ」 「トンネルですか、なんだか逆に意外です」  トンネルといえば心霊スポットの定番すぎる程に定番だ、僕自身実際にあまり訪れたことはないが。 「だが怪異の原因はそのトンネルで起きていない。そっちは流石に入れないんだ、なのに拝見可だ」  その言葉の意味を考える。移動するということは……百鬼夜行の絵巻が頭に浮かぶ。   「はい到着っと」  トンネルに付近はかなり太い道路になっていた。トンネル自身を相当な太さで巨大なトラックでも通れる天井の高さだ。トンネルの入り口で車を止める。本当に古く、人が通らない場所だからなのか一切明かりはなく、懐中電灯を消せば外のここでも何も見えなくなりそうだった。トンネルの奥は曲がっているのかとてつもなく長いのか見わたせることなく、さながら怪異の保証も相まって開いた地獄の蓋だった。 「なんでここで止めるんですか」 「ん、歩いていくぞ」 「まじすか」  ここまでの土地柄から留まっている人間がいるわけないのは明確なものの車を残していくのは。 「俺を信頼しろ、お前が転けない限り危険はねえって、それにここでの時間は長くかけたいんだ」  つまりトンネルはそこそこ長いんだな。そう言う表情は何故だか普段より優しく儚げに見えた。  懐中電灯はひとつしかないので先輩が前で持つことになった。ここまで来たんだから後は野となれ山となれだ。今は秋に入ったはずだがまだ暑い、トンネルの中は涼しいだろうか。 「なぁ」 「何ですか」 「ちょっと昔話をしてもいいか」 「ダメって言ってもしますよね」 「ああ、俺小学生の頃は深海調査員になりたかったんだ」  暇だからいいけど、先輩の過去の話は珍しい。変なものでも食ったのかと。 「諦めたんですか」 「違う、生物全般が好きになった。深海に拘らなくなったんだよ」  事実先輩は生物系の学部に在籍している。具体的に何してるかは知らないが。 「お前は?」  うーん、となんとか思い返してみる。最初……幼稚園児の頃は消防士だったような? 職業もろくにしらない可愛らしい夢だ。それで小学生になってからは〜〜 「小学生の時は漠然と科学者とか言ってたはずです。それ以降から今に至るまではもう自分が何になりたいのかわかりませんよ。深海って何が良かったんですか?」 「こういう話題でお前から聞いてくるとは明日は雨が降るな。そうだな、単純に未知への興味かな。海生の生物の9割が未発見と言われている。表面積だと地球の7割が海で、平均水深はだいたい3700メートルで富士山以上」  歩きながら話しているがこうも暗いといろいろ感覚を失う。 「今でも深海は大好きだ。暗闇の中にいる俺は生身で海に沈んでいるんだ」  普段大雑把に生きてる印象があるこの人から本人が考えているらしいロマンチックな発言が出たのには驚いた。「そりゃいいですね」と適当に返答する。 「深海はどれくらいの深さからか知っているか?」 「えーと1キロくらいですかね?」 「水深200メートルからが深海とされている」 「意外と浅いですね」 「でも200メートルから先は太陽光が届かなくなる。本当に全く届かなくなるのは1000メートルかららしいが」  カチッ。瞬間視界がブラックアウトする。一瞬何が起きたのかとと思ったがよく考えりゃ当然懐中電灯が消えたわけだ。 「ちょっと、何で消すんですか」 「映画館では携帯は閉じるんだよ」 「ああ〜言いたいことはわかりましたけど、でもこんな暗い中じゃ」 「トンネルだから何にもぶつかんねぇよ。心配なら耳使うか壁を伝うかしろ」  とは言うものの完全に暗い中歩くのに脚はいつも通り振る舞わない。中学生の時修学旅行で行った神社か寺で暗闇の中を歩く迷路のような施設があったのを思い出す。その時はお互いぶつからないよう体を掴んで距離を保っていたが女性だし恐い先輩にそれはちょっと。こうなると余計歩くのが難しい。 「さっき俺が言ったこと覚えてるか。きっと俺が今でも暗闇に惹かれているのはな」  なるほど、「これが」と二人の声が被る。 「これが深海の世界なんだ。どんな光も届かない宇宙の闇など目じゃない」  まぁわからなくもない……いやわからない。なにより実際人が潜水艦に乗ってカメラで見るのには明かりは使われているでしょと不満に感じる。 「おい今何言ってるかわかんねぇって思っただろ」 「何も言ってませんよ」 「見えないけどそんな顔してた」  めちゃくちゃだこの人、合ってるけど。 「海中って宇宙と違って音はしますよね」 「音はするか、あーそうそう音といえば海では謎の音が観測されることもあるんだ! 例えば戦時中、潜水艇のソナーに頻繁に引っかかる破裂音を調査したらテッポウエビのハサミを閉じる音だったみたいなのがあるがえっと〜」  深海がどうという言葉を意識してしまい。このトンネルは少しづつ下がっていってもう水面下にいるんじゃという想像をしてしまう。 「え〜〜そうだブループ 「ブループ?」 「アメリカの水中マイクに拾われた怪音だ。人間には感知されない超低音波を含んでいて人工物から発せられる音でもなければ地震火山が引き起こす音とも異なる。さて、この音は何に近いとされていると思う?」  ここまでの話から答えは絞られた。 「生物……でも、クジラやイルカって音波で会話するんですよね? エビにソナーに検知される音を出せる種類がいるくらいならたまたま変わった音を出す個体が生まれていても」 「そうだな。確かに、どの種類とも判断できないほど特異な周波数で鳴くクジラは確認されている。だがな、プループがクジラのような生物だとしたらその音量を発するにシロナガスクジラの数倍から十数倍くらいはサイズが必要だ」 「つまり」 「あぁ、だからいるわけないってさ」  先輩がふふふと笑う。そんな生き物はいるわけない、か。僕たちはたくさんの死者に触れてきたのに。深海というよりこの世界の深さを認識できた気がした。その旨を伝えようと口を開く。 「でも──」  と言いかけた、その時いかにも爆発音という音が遠くでした。 「今の何ですか」  やっぱここ危ないんじゃ? もう有無は言わせんと先輩を引き戻そうとすると……。 「最初に言っただろ危険はないって」  先輩は今のが何か知ってるのか。 「始まりの合図だ行くぞ」  そして、覚悟を決めろってことか。
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