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第2章 7月
「社会人になると、夏休みってびっくりするほど短いよねー」
7月上旬の金曜日。レストランを出た後、日が落ちてもまだ蒸し暑い外気の中を歩きながら、希美がそう言って大袈裟に首を振った。
「大学の頃は二か月もあったしな」
「働き始めると、いきなりたった一週間ちょっとだもんね。高志くんは夏休みってどうするの?」
「お盆辺りに実家に帰って、更に田舎に帰ると思う」
そう答えながら、希美の視線に気付いた高志は、
「空いてる日、どっか行く?」
と聞いてみた。希美がぱっと笑顔になり、大きく頷く。
「行きたい! 海とか」
「海? 泳ぐの?」
「暑い?」
「まあ泳ぐんなら暑くてもいいんじゃない」
「それか、USJとか?」
「それは暑そうだな」
「だよねー」
そう言って頷いた希美が、ふと思い出したように話題を変える。
「夏休みじゃないけど、8月頭の花火大会、行かない?」
「ああ、いいよ。土曜日だっけ」
「高志くん行ったことある?」
「あるよ、何回か」
「元カノと?」
その言葉に、高志は思わず希美の顔を見る。希美は特に他意もなく聞いたようだったが、すぐに「あ、ごめん」と口を押えた。
「余計なこと聞いたね」
「いや、別にいいけど」
希美が気にしないのなら別に構わない気もするが、自分だったらしないであろう質問に、ささやかな価値観の違いを感じる。付き合ってまだ間もない関係は、こうやってお互いのことを少しずつ知っていくところから始まるのだということを思い出した。
会話が途切れたまま歩いていると、お互いの手がぶつかった。そのまま希美が高志の指先を軽く握ってくるのに気付いて、高志は手のひらで握り返した。手を繋ぐのは初めてだった。今からどうするのか、お互いの出方をそれとなく探りながら、しばらくゆっくりとした速度で歩く。
「……夏休み、海もいいけど」
「ん?」
「高志くんの部屋に遊びに行ってみたいかも」
そう言って見上げてくる希美と目が合う。
「いいよ」
「ほんと?」
「うん。別に今から来てもいいけど」
高志がそう言うと、希美が一瞬固まったように見えた。
「夏休みでもいいよ。別にいつでも」
そう言って、さらりと流す。
結局、そのままどこにも寄らずに駅に入った。電車に乗っている間、珍しく希美は無言だった。おそらくさっきの高志の言葉に色々と考えているのだろうと思い、高志も黙ったまま窓の外の暗闇に目を向けていた。すぐにM駅に着く。
「じゃあ」
そう言って高志が降りようとすると、繋いだままの手が離れなかった。振り向くと、手を離す代わりに、希美が一緒に電車を降りてきた。
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