1.ハート強盗

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1.ハート強盗

「別にそんなのできなくたって生きていけるしっ!!」  “(いこい)()”の高い天井をズビシシシッと叩き打つ蓮美(はすみ)お嬢様の強気な声。  138センチ、37.5キロという、11歳にしては小柄な体に、黒を基調としたゴスロリチックなワンピースをまとったお嬢様は、肩程の長さのまっすぐな黒髪に囲われた端正な輪郭を歪ませ、さくらんぼ色の小さな唇をとがらせています。 「常識とは18歳までに培った偏見のコレクションである」と提言したのはアインシュタインですが、「暖簾(のれん)の向こう側には18歳まで我慢してきた作品のコレクションがある」と提言したのは、なにを隠そうこのワタシです。  そんなワタシがいうのだから間違いないです。  別にそんなのできなくたって生きていける、と。  さらにつけ加えるならば、こんな私でさえ19年間も生きてこられたのだから、間違いなく生きていけると思うのですよ。 「たかが縄を跳ぶだけじゃない。それがいったい何になるっていうの!」  窓の向こうでは、5月の爽やかな風が庭に生い茂る木々の枝を揺らしています。  半分ほど開いたガラスの隙間から流れ込んでくる鳥のさえずりや葉のざわめきに耳を傾けながら、ワタシはお嬢様の声にも耳を傾けます。 「続けて跳べたからって何の役にも立たないし、跳べた回数競って他のクラスに勝ったところで何が嬉しいのかしら?」  黒いランドセルを背負ったままの蓮美お嬢様は、如月(きさらぎ)家の紋章が散りばめられた深紅のじゅうたんのうえで、今にも地団駄を踏み出さんばかりに、拳を握りしめた華奢な腕を大きく上下に動かして熱弁を振るっています。 「私は全然嬉しくなんてなくってよっ!」  小学5年生の女子とは思えないような口の利き方ですが……案外これ、ハマるのね、などと思いながら、豪奢なシャンデリアから降り注ぐ淡い光に照らされて、きらりと黒光りする如月家の一人娘のぱっちりとした瞳を、とろんとした目で見守る執事のワタシ。  ここはひとつ、あたたかい言葉をかけてあげなければ―― 「今日も大縄大会の練習があったのですね。それはそれはお疲れ様でございました」
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