窓の向こう側

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***  暗闇の中、遠くで僕の名を呼ぶ声がする。  静かな森の中で響き渡る熊よけの鈴に似た、高く澄んだ綺麗な音の連続。その音が転がるようにどんどん近づいてきた。 「……くん!……あっ、気づいた!大丈夫!?」  鈍痛を乗せたまぶたを開いたら、目の前に逆光で輪郭が鋭く浮かび上がった女の子がいた。ぼやけた視界の中で、きらりと何かが光る。そしてすぐにそれが彼女の涙だと分かった。  幼い大きな双眸(そうぼう)に溜まった涙は、薄茶色の瞳の中で海のように揺らいでいた。その今にもこぼれそうな海を眺めながら、僕はゆっくり体を起こす。  全身を叩く痛みに顔をしかめると、女の子が心配そうな顔をして僕に手を差し伸べた。 「良かった……無事で」  目の前に差し出された白いてのひら。その手を取るべきか迷って顔を上げた瞬間、不意に女の子の左目からきらりと光る雫が流れ落ちた。水平線の向こうに落ちる流れ星のように素っ気なく。  ――なんて綺麗なんだろう。  この世界で一番輝いている太陽よりも強く純粋で、ダイヤモンドさえ霞む高貴な光の雫。あまりに美し過ぎて僕は息を()んだ。  そこからはもう駄目だった。僕は一瞬にして彼女の光の(とりこ)になってしまった。彼女の手を取り、その瞳の中の海に飛び込むことを決めた。  中学校では同じ部活、委員会に入った。三年間同じクラスになるため、深夜の校舎に忍び込んでクラス分け表を書き換えたし、席替えだってくじに細工した。必死に勉強して彼女と同じ高校に入った。そこでも当然同じ部活、委員会を選んだ。帰るタイミングを合わせてずっと駅で待っていた。彼女の交友関係を全て調べ、汚い虫が近寄らないように手を回した。
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