窓の向こう側

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 そう上手くは行かなかった。上手く行くはずもなかった。一人を暗闇の底に押し込めて、何事も無かったかのように綺麗に解決するなんて許されなかった。 「私が警察に相談する前に、彼が手を染めてしまいました。通報するため、私とストーカー男が二人でそれとなく交番に向かう道を歩いていた時です。背後から無表情の彼がストーカー男の背中を捉えました。隣で見ていても、それは致命傷だと分かりました。息絶えた後もずっと刺し続け、最後に私を刺しました」 「逃げなかったんですね」  看護師の率直な疑問に私は思わず笑った。 「逃げる?逃げるわけないですよ。私が彼を殺人鬼にしたのだから、追い詰めてしまったのだから、彼には私を殺す権利がある。だから死ぬつもりで私は彼の刃を受け止めました」 「例えどんなに酷いことをされても、誰かを殺す権利なんて人は持ち合わせていないわ」  怒気を(はら)んだ声だった。彼女の握られた拳が震えている。本当は壁を殴りたいのかもしれない。 「その通りだと思います。そう考えてしまうほど、私と彼の関係は歪んでいたということですよ。でも結果的に私は生き残っている。しかもお医者さんによれば、刺された箇所は多いけど致命傷になる深い傷は一つもないと。つまり彼は私を殺すつもりはありませんでした。……これは憶測ですけど、彼はこの期に及んで尚、私に罪を着せたくなかったのだと思います」 「どうしてそう言えるんです?」 「ストーカーが死んで私が無傷だったら、私が(はか)ったと思われるからかもしれません。その時私はソイツを警察に突き出すために証拠を持ち歩いていました。そんな物が見つかったら、私に疑いの目が向いて……共犯者だと思われて負担になると思ったんではないでしょうか?」
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