エピローグ

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エピローグ

「Fランクです」  シュトーレンの冒険者ギルドで俺は耳を疑った。  今回の旅で得た経験を冒険者ギルドに報告に行った結果が手元にある。 『冒険者ランクF』  え、何これ。冒険者ギルドってどこで登録しても大きな街のギルドならランクアップ申請できるはずだけど。 「何かの間違いじゃ…… セイレーンって確かDランクだろ?俺だけで捕獲したわけじゃないにしろ、なんでFランクのままなのさ」 「そうですね……。庇護者のクロス様からご報告いただいたセイレーン捕獲。確かにこちらは幻獣討伐の根本的解決としてギルドとしても高く評価しております」 「じゃあなんで?教会経由の依頼だったとしても報酬とは別にランクは上げてくれるはずじゃ……」 「おっしゃる通り、今回貴方はラリエット教会からの依頼ということで受付させていただきました。一方で冒険者ランクとしての評価につきましては同行者がSSランクのロア様、そしてバルザック様。Fランク僧侶のアルミラ様。こういった場合、高く評価したとしてもワンランク程度しか上がりません。しかし先のシュトーレンでの私兵との揉め事の際、魔法を使ったことを差し引いてFランクになります」  あれは向こうから勝手に絡んできたのに。しかも俺じゃなくクロスに。てかセイレーンはともかく、ベヒーモスと戦ったり古代ホワイトドラゴンから逃げきったり滅多にない経験したのにFランク……。確かにあの場に庇護者のクロスはいなかったけど。 「はあ……」 「フィル、あんまり気を落とさないでください。もともとはもっと上位ランクなのは僕が知ってますから」  アルミラがなぐさめてくれる。  アルミラは幻獣ケルピーを従属させたことが高く評価され、僧侶兼テイマーに登録し直し、Dランクに。  抜かれてしまった……。 「功名を立てたいわけじゃないんだ、アルミラ。Fランクのままだと、王都から出れないし冒険できないだろ……」 「あ……」  アルミラがなぐさめの言葉すら失う。 「フィルー!アルミラ!ねえ、聞いてよ。あんたらがエルフの里に行ってる間にさ、冒険者ギルドの依頼引き受けて魔獣、ぶっ倒しに行ったらEランクに上がっちゃった!お祝いにケーキ食べに行きましょうよ!」 「あ……あのジルヴァ、今はちょっとタイミングが……」  ジルヴァにも抜かれますます落ち込む。  もう最強の魔道士とか言われてたのが懐かしい。賢者って何?美味しいの? 「え?Fランク?フィルが?フィルだけにFみたいな?」  ジルヴァがしょーもないことを言って爆笑する。もう怒る気にすらなれない。 「大丈夫よ、フィル。私たちは見放さないから。ね、アルミラ。そんなことよりチーズケーキ食べに行きましょうよ、チーズケーキ!王都に帰る前に転移魔法陣消しちゃうんでしょ?そしたらもう気軽にこっちこれないんだからさ」  あ、そうだ。あの魔法陣はさすがにあのままにしておくわけにはいかない。魔法陣消しにチェダールに行かなきゃな。 「王都行きの馬車の出発は夕方ですから、急いだ方がいいですね。今すぐ行きましょう」  アルミラが言う。行きはドラゴンで飛んできたけど、帰りは馬車でのんびり帰る。ちなみにロアとバルザックはシュトーレン城に行って今はいない。 「いや、みんなで行くと目立つから魔法陣消しは俺一人で行ってくるよ」 「え、でもフィル……」 「アルミラ、いいのよ。フィルは落ち込みたいのよ。一人で行かせてあげましょ」  ジルヴァがアルミラにひそひそ声で話すけど丸聞こえだ。てか変な気の使い方するな。  シュトーレンとチェダール間は頻繁(ひんぱん)に商隊が行き来している。アルミラと同郷のバターサンドおじさんがチェダールに送ってくれるというので荷馬車に乗せてもらうことにした。 「じゃあ私たちはお土産でも買いながら待ってましょ、アルミラ」 「そうですね。サントノーレ大司教のお土産は何がいいですかね。やっぱりお茶菓子かな」 「なに?あのポエムおじいちゃんにも買うの?」 「当然ですよ。今回ジルヴァがこっちにこれたのは大司教の協力があればこそです」  アルミラは大司教がわかってて協力してくれてると思ってるらしい。実際のところはどうなんだろ。ただボケてるようにしか見えないけど。 「じゃあ行ってくる」 「Fランクのことは気にしないのよ」  思い出させるなよ。  チェダールに着くとバターサンドおじさんに待っててもらい、急いで幽霊屋敷へ。夜来た時は不気味な屋敷だったけど、明るい時間に来るとただの古くてボロい屋敷だ。  屋敷に誰もいないのを確認しながら応接間に入る。暖炉に向かって魔法陣を消す魔法を使おうとして振り上げた杖を、ぴたりと止めた。  —— ワシも機会があればまた行きたいと思っておるが中々忙しくてのう  窓の外に思いを()せていたサンじいを思い出す。  羨ましそうに俺らの計画聞いてたっけ。  ……サンじいの様子ちょっとだけ見に行くか。  暖炉の魔法陣からサンじいの部屋へ。  いくつか部屋を覗き、書斎で山のような手紙を背を丸めて読んでいるサンじいを見つけた。  ——トントン  部屋の入り口を開けたまま壁を叩く。  サンじいが顔を上げ振り返る。 「おお、ナターシャか。すまん、すまん。気づかんかった。どうした?何か用か?」 「いや、特に用はないんだ。元気にしてるかなって思って来ただけ」 「そうか、そうか、ワシは元気じゃよ。よく来てくれたのう、一緒にお茶でもどうじゃ?」 「いや、今日はやめとく。俺、これからすぐ戻んなきゃいけないんだ」 「それは残念じゃのう。お茶会は(にぎ)やかな方がええんじゃがのう」  サンじいが寂しそうに肩を落とす。人が訪ねて来たのが嬉しかったんだろう。嘆願、要望、報告、お礼の手紙の山は一緒にお茶してはくれない。 「……じいちゃんも一緒に行く?お茶しに」  偉くなると気楽にお茶に誘ってもらえることが減ったってネリルじいちゃんが昔言っていた。 「うまいチーズケーキがあるんだ」    転移魔法陣のことバレたらめちゃくちゃ怒られるんだけど。 「ほお、チーズケーキ!大好きじゃ」  サンじいの目が輝く。  どんな処罰になるかわかんないけど。しょーがない、教会の僧侶は俺にとってはみんな家族みたいなものだ。  ネリルじいちゃんの怒った顔を頭の中から追い出し、目の前の嬉しそうなサンじいに言う。 「じいちゃんが行きたがってた『白い美術館』。シュトーレンの街で一緒にお茶しよう」
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