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「大司教様はお約束があったみたいですね」
アルミラが小声で俺に言う。
「うん。そうみたいだな。俺たちは帰ろう」
わざと大きな声でアルミラに返答した。
そしてドアが閉まる直前、俺は簡単な魔法をかけた。
「ではさっそくですが、昨日、シュトーレンの教会支部長から相談された件について……今日話し合いたいのは人選についてです」
ドアが閉まっているのに漏れ聞こえる声にアルミラが驚き振り返る。
アルミラが俺に何か聞こうとする前にアルミラの口を押さえ、念話魔法で話しかけた。
『気配を消す魔法を』
アルミラは困惑した顔をして俺を見た。俺はドアを指差し、耳に手のひらを当て聞くジェスチャーをする。大司教クラスの部屋のドアは中の話が聞かれないよう音漏れ防止の魔法がかかってる。俺はその魔法に上書きで盗聴の魔法をかけた。
アルミラがようやく意図を理解し、手のひらを俺に向けるそして自分にも。
「まず、詳しい事情をお伝えしていない方もいらっしゃいますので、ことの始まりからお話しいたします」
マリアンナ様の声がはっきり聞こえる。
「昨日、来訪されたシュトーレン教会支部長から、幻獣について調査の依頼がありました。支部長のお話によりますと、幻獣が現れるのはウィンタルの北のムース川だそうです。海からつながるこの大運河は、ウィンタル地方の人々にとっては物資の運搬や交通に使われている重要な川で、シュトーレンの近くも流れています。支部長は被害がシュトーレンの街に及ぶ可能性もあることを懸念され、今回我々に幻獣の生態についての意見と対応策を求めています」
「補足いたしますと、シュトーレンを治めておられる領主から教会支部へ教会支部からラリエット教会本部への依頼となります。シュトーレンの冒険者ギルドへ調査依頼も出していたようですが、成果が振るわずこちらへ依頼することになったそうです」
ノエルの声だ。
ふーん。運河の幻獣で冒険者ギルドでも簡単に倒せない強いやつっていったらアレだろ。ケルピーだろ。
「川の幻獣はおそらくケルピーであるというところまでは支部の方で進んでいるようです」
あ、当たった。
ケルピーってのは人を川におびき寄せ溺れさせる幻獣だってロアから教わった。俺もまだ現物は見たことないけどね。
「ただ正体はわかっても、ケルピーは希少な幻獣とも言われております。できれば戦わずして回避する方法はないものか。そこでロア様。古代エルフ族の貴方ならケルピーについて何かご存知ではないかと」
マリアンナ様がロアに話しを振る。
なるほど、それでロアも呼ばれたわけか。ロアはエルフ族の中でも長寿の種で、人族の知らないこともたくさん知ってたりする。
ロアは見た目おっかないし、目付き鋭いし、身長デカいし、なんかピアスとか指輪とかアクセサリーたくさんつけてるし、味方ってより敵っぽい。雰囲気が。
教えるかわりに魂よこせ、とか言いそう。
「ふむ、ケルピーか。確かにケルピーの中には気性が荒いものもいる。だが非常に知能が高く魔獣のように捕食のために暴れまわるというようことはしない。そのケルピーが出る時間は?」
普通の返答だった。当たり前だけども。
「被害の時間帯はほぼ真夜中で、日中には現れないそうです。そして被害にあうのは男性ばかり。これは夜中に外に出歩く女性が少ないからとも言われてますが」
「ふむ……」
沈黙が流れた。
僧侶たちは黙ってロアの思考を待っている。サンじいは寝てんじゃないかな。さっきから何も喋ってない。
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