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クロスと晩飯
街を警備していたシュトーレンの兵士をクロスが捕まえ説明し、兵士隊から街の警護団へ、警護団から住人へと『魔王襲来』の騒ぎの火消しをしてようやく街は落ちつきを取り戻した。
そもそもの原因は、俺らの到着予定が明日だったのが、今日に早まったっていう連絡が後手に回ったことだそうだ。
そんなわけで俺たちが到着した時に聴いた鐘は『魔獣襲来』の警鐘だったらしい。
「いやあ、驚いたな」
クロスが爽やかに笑う。
驚いたのはこっちだよ。たまたま俺らとクロスが街に出てなかったら街はもっと混乱してただろ。
「こんなに早く幻獣退治の応援が来るとは思ってなかったからな」
「え、クロスさん、今『退治』って言いましたか?僕らは……いえ、ロアさんは『調査』で来たんですけど……」
「ああ、そうだった」
クロスが慌てて訂正する。
わかってるよ。ロアやバルザックが幻獣をどうにかしてくれると期待しているのが。調査に時間かけるより退治しちゃった方が周辺の住民としては安心だもんな。
「フィルがいるからな。ついでに退治してくれるんじゃと期待してるのがバレたな」
ほら、やっぱり……って。
「え、俺?」
「ああ」クロスはさらりと答える。そして
「着いたぞ、この店だ。やっと晩飯が食べれるな」と言って一軒の店のドアを開けた。
外観も古いけど店の中も古い。酒場というには上品で、レストランというには薄暗い。
俺たちは奥の空いてるテーブルに座った。
俺とアルミラが並んで座って、クロスは向かいの席。
使い古した木のテーブルの上に年季の入ったランプ、店内のお客さんもどことなく上品。
冒険者らしきグループもちらほらいるけど、バカ騒ぎすることなく談笑している。
ラシール教会の地下礼拝堂でレストラン開いたらこんな感じかなあ?
「教会がお前たちに頼るとは以外だった。教会本部なら他にも幻獣に対処できそうな僧侶がいただろうに」
注文を終えたクロスが、店内を観察していた俺に話しかける。
「いや、俺とアルミラは幻獣の方には参加しないよ。俺たちの目的は『奇跡のチーズケーキ』だから」
「『奇跡のチーズケーキ』?チェダールで売ってるあの人気のチーズケーキのことか?」
「うん、たぶんそれ。クロスも知ってるんだな」
「ああ、有名だからな。そのチーズケーキと幻獣に何か関係が?」
「関係なんてないよ。俺たちは王都脱出してそれ食べに行きたかっただけ。教会で大司教とマリアンナ様たちの話し盗み聞きしてたら、たまたまシュトーレンの近くの川に幻獣が出るって話しててさ。そこに居合わせたロアが変な提案をしたんだ。俺がエルフの里に行くなら幻獣は引き受けるって」
「ロア様が……」
クロスが珍しく曇った顔つきをする。
「それで、フィルはその提案を引き受けてきたのか」
「うん。互いの利害が一致した結果だ」
「フィル、ロア様はなんでフィルをエルフの里に連れて行きたいんだ?」
「さあ。ただ見せたいって言ってたけど」
「ちゃんとこっちに戻ってこれるんだろうな?」
クロスがなぜか周囲をうかがい声を落とす。
「戻るさ」
どうせ退屈な田舎に決まってる。てか、ロアに『どうせ退屈な田舎なんだろ?』って聞いたら『ああ。退屈かどうかは人によるが田舎だ』って言ってたし。
「フィル……。フィルはロア様に気に入られてる。あのお方は古代エルフ族。万が一にもフィルが連れさらわれることがあったら、俺たちじゃ太刀打ちできないぞ」
「それは大丈夫。ロアはいいヤツだよ。ああ見えて」
うまく説明はできないけど。みんなが何を恐れてるのかわからないけど。
「そうか。お前の仲間を疑ってるわけじゃないんだ。ただ、人族とエルフ族では価値観とか感覚が違う所があるから、それを心配しただけだ。忘れてくれ」
クロスが真面目すぎてなんかこわい。
「それから、この街にいる間は俺が同行するから。どこか行く時は言ってくれ」
「なんで?」
「わかりました」
アルミラが俺の疑問に被せる形でクロスにきっぱり答えた。
ちょっと驚いたけど、ちょうどその時店員さんが俺たちの目の前に来て「トマトとバジルのパスタでございます」って山盛りパスタを置いたのでそっちに目が奪われた。
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