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「あの、大司教様。ちょっとよろしいでしょうか」
アルミラの声だ。
サンじいは耳が遠くて聞こえていないから俺がドアのところに行って勝手に開ける。
「遅いよ。アルミラ、ジルヴァ」
「フィル。相談するのにちょうどいい場所ってもしかしてここですか……?」
ドアの前に立っていたアルミラが青ざめた顔で言う。
「そうだよ。サンじいには聞かれるけどお茶もできるしいいだろ」
「さ、サンじいってフィルっ。仮にもラリエット教会で一番偉いお方の部屋で待ち合わせなんて」
「ん?誰か来たのか」
サンじいが俺の後ろから顔を覗かせる。
「なんじゃ、アルミラか。入れ入れ」
なんで俺のことはわからないのにアルミラは認識できてるんだよ!
「おじゃましまーす。ほら、早く入りなさいよ、アルミラ」
アルミラの背に隠れていたジルヴァが、後ろからアルミラを押す。
「ナターシャも来たのか。入れ入れ」
わからないやつはみんなナターシャなのか。てかナターシャって誰。
そう、俺が王都に来た真の目的は新たな冒険(家出)の計画を立てるため。アルミラとはいつでも話せるけど、ジルヴァとは王都に来なきゃ話せない。
「お茶会は賑やかな方がええからのう」
四人でテーブルを囲むと、サンじいがティーポットからカップに紅茶を注いだ。あたりに紅茶のいい匂いが漂う。
「き、恐縮です」
アルミラがちょっと緊張気味に背筋を伸ばす。
「そう緊張すんなって、アルミラ」
「緊張しますよっ。だってこの方は……。フィルだって元ラリエット教会信徒でしょう」
「今は違うし。俺、そういう縦社会好きじゃないし。実力主義派だし」
「そ、そういう問題でしょうか……」
「ところで、じいちゃん、他のお菓子ないの?この前のベリーチェリータルトがいいな、俺」
「偉いおじいちゃんなんでしょ、この人?だったら名前借りて注文しちゃいましょうよ。私いい店知ってるわよ」
サンじいとはほぼ初対面のジルヴァも遠慮なし。
「フィル!ジルヴァ!なんてこと言うんですかっ」
アルミラだけが焦ってる。
「ベリーチェリータルトは今日はないのう……。このきせきのチーズケーキではダメかのう」
「季節のチーズケーキ?」
「偽のチーズケーキ?」
アルミラとジルヴァが声をそろえる。
サンじいの滑舌悪すぎて、二人とも聞き間違えてるから。
「チーズケーキはいいんだけどさ。このケーキ、カビが生えてて食えないだろ。お腹壊しちゃうよ」
俺はケーキをしまおうと木箱の蓋をあけた。
「あー!その木箱……!それに紋章は!王室御用達の紋章!!」
木箱に目を止めたジルヴァが食いついた。
「え、なんだよそれ」
「フィル、知らないの?これウィンタル地方の高価なチーズケーキよ!このカビが独特の風味を出すっていうのが特徴のチーズケーキなのよ。とにかくすっごいレアなんだから!」
「へえ、そんなすごいのか、こんなカビケーキが。アルミラ、知ってる?」
「はい、もちろんです!」
アルミラも興奮ぎみに答える。え、そんなに良いものなの?
俺はもう一度木箱のケーキに目を落とす。
「でも王都にはいろんな食材が集まるからどっかで食べられるだろ?」
「ふっ。馬鹿ね」
腕を組み、あごを突き上げ上から目線でジルヴァが見下しながら言う。
「確かにレアなスイーツでも王都で食べれるものもあるわ。でもこのケーキは別格。市場に中々出回らないのよ。人呼んで『奇跡のチーズケーキ』。そのうちの二つがチーズテリーヌとブルーチーズケーキ。つまりこの二つ」
「その内の二つってことは他にもあるのか?」
「あと一つあるわ。ウィンタルのチーズケーキには三つの王室御用達チーズケーキがあって奇跡のチーズケーキって呼ばれてるのはその三つ。最後の一つは『フレッシュスノーチーズケーキ』。新雪のように淡く儚いチーズケーキで、出来上がってからわずか半日しか賞味期限がないから、庶民はそのお店に行くしか食べる方法はないの」
「ふうん、奇跡のチーズケーキか……」
俺はテーブルの上の二つのチーズケーキを見比べた。そんなハイレベルなチーズケーキだったのか、これ……。
「三つ集めて王室持ってくと願いが叶うっていう噂もあるわ」
いやそれは絶対ウソだろ。
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