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帰り道
見送りの後、泉の森まで歩き転移魔法陣で地上へと帰った。
森と花の世界から一気に雪と岩の世界へ。荒涼とした景色に冷たい風が吹き抜け寂しさが増す。魔獣でもいいから出迎えてくれないかな。
古代ホワイトドラゴンをなんとかやり過ごし、山を歩きながらいつロアに話そうかずっと考えていた。岩陰で野営した時、見張りをするロアの隣りに座った。
「ロア」
「なんだ。眠れないのか」
「いや、話しがある。真面目な話し……。エルフの里に住まないかって話しだけど」
「ああ。返事はいつでもいい。俺たちの寿命は長いからな」
「今言う。一晩……いや二晩くらい考えた」
我ながら早い決断だったと思う。
「聞こう」
「断る」
「そうか」
「でもまた来る」
「ああ。いつでも歓迎する」
「理由も聞いてくれ。俺はもう人族では子供じゃないんだ。人族では十五で成人だ。実年齢ならとっくに超えてる。でも今は大人って言えるほど自立もできていない。だから……これからどうするか決めるまで、ラシール教会にもう少しいて考える。それでエルフの里に行きたい時には行く」
五年間のロスはあるけど、その分俺は誰よりも広い世界を旅したし良い仲間にも巡り会ってきた。もうロアと出会った頃のガキじゃない。エルフの里に頼らなくてもきっと生きていける。
「そうか」
ロアはふっと寂しそうに笑った。
上りの時が雪なら下りも雪。
ひたすら雪、雪、雪。
でも天候は悪くなかったし、休憩した時には景色を楽しむ余裕もあった。行きの時は上ばっか見てたけど、下山の時は景色がよく見える。結構高いところまで登ってたんだな。
珍しく晴れ間が見えた。日の光が懐かしい。青空に雲が浮かび大地は白銀の雪に覆われどこまでも続いている。
遠く小さく見える木々と川の向こうにトゥーレ村が小さく見えた。砂粒みたいな石の屋根が見えるだけだけど。
歩きながら俺はエルフの里でのことをずっと考えていた。
おしゃべりが止まらない宴に朝のパンを食べに来るエルフたち。知りたがりで話したがりで人懐っこくて無駄に親切で世話焼き。
争うこともなく、助け合うというほど恩着せがましくもなく。
平和でのどかで時がゆっくりと流れて……
「うわっ」
ぼんやり思い出に浸りながら歩いてたら足を滑らせ尻もちをついた。
「いてえ」
「大丈夫ですか?」
アルミラが手を差し伸べてくる。その手を取り起きあがった。
「もうすぐトゥーレ村です」
「うん」
帰り道はアルミラともあんまり話してない。気まずいとかそういうのじゃなくて。アルミラはアルミラで休憩するたびに振り返っては空を見上げていた。
見えるはずがないとわかっていても、空に浮く島を探していた。
「なんか一昨日までずっとわちゃわちゃしてたから……寂しいな」
「そうですね」
アルミラが笑う。教会に帰ったらみんなが待ってますよ、って言うかと思ったけど言わなかった。
アルミラも色んな所でもっと里に居ろ、って誘われてたもんな。
魔獣がついてくるな、と思ったらトナカイ魔獣のルドルフだった。
ルドルフはロアに擦り寄ってきて、ロアはルドルフにエルフの里に無事に着いたことを話しながら歩いた。
従魔契約が切れても懐かれたままみたいだ。
ルドルフと話していたロアがふと空を見上げる。
「フィル、アルミラ、空を見ろ」
足元ばっかり見ていた俺とアルミラが空を見上げる。
「あっ……」
空にチカチカと光る無数の何かが飛んでいた。北から南へ。大空にキラキラ光る川のように無数の光が流れてゆく。
「あれは……鳥の群れですか……?」
アルミラがロアに聞く。
違う。あれは……
「蝶だ。渡り蝶に光の精霊が魔法で宿されているな」
「魔法で?ということはエルフの里の浮島から来たのでしょうか?」
「ああ、あの蝶は南へ飛ぶ。誰かが俺たちが帰り道に迷わぬよう、飛ばしたのだろう」
「ロアが森で迷うはずもないだろうに」
バルザックが笑う。
「祈りだ。無事に着くようにと」
蝶の羽が羽ばたくたびにキラキラと輝く。
ロアたちの会話を聞きながら俺は思い出していた。
——ちょっと、待った!お前、魔獣じゃないのか!?」
——魔獣?そんなわけないでしょう!今、精霊との契約魔法中よ。そこに書いてあるでしょう
ついこの間のことなのに、もうなつかしい。
トゥーレ村についたのはエルフの里を出て二日後だった。
「帰ってきちまったな」
人族の世界に。ほっとしたようながっかりしたような複雑な気持ちだ。
「……そうですね」
長かった旅も終わり。俺とアルミラはまたラシール教会に戻っていつもの日常に戻る。
でもまたいつか……いや、近いうちに旅に出よう。
「帰りましょう。僕たちの家へ」
アルミラが空を見上げ元気に言う。
「そうだな」
今は帰ろう。
うるさいジジイどものいる家へ。
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