第13話

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第13話

 その後は特に会話もないまま、二人はマンションに戻ってきた。  早々に中師が沸かした風呂に柊一が入り、その間に件の留守電を中師は聞いた。  スウェット姿の柊一が部屋に入ったとき、中師は窓辺に立って外を眺めていた。 「なぁ、やっぱりアンタってホントはハイソな人間で、こんなトコに住んでいるようなヤツじゃないんだろう?」  隣に立って夜景を見下ろしながら、柊一が問いかける。 「別に、それほど何って訳でもない。ただの…体裁を繕って生きているつまらん男さ」  自嘲気味の声音で答え、中師は窓辺を離れてベッドの縁に腰を降ろした。 「電話口で、奥さん泣いてたぞ。…俺、ちょっと意外だったな、アンタがオンナ泣かすなんてさ」 「いつだって、自己中心的だよ」 「その割には、電話口でずっと謝ってたぜ? 俺には関係ないけどさ、なんかあんまり気分がイイ感じの展開じゃねェよな」  中師の隣に腰を降ろした柊一は、顔を窓に向けたままで言った。 「彼女とは離婚の争議中でね。…どっちが悪い訳でもない、私は仕事にかまけていた。寂しかった彼女は他に愛情を求めてしまった。…それだけの事だ」  不意に手を伸ばして、柊一は中師の身体を仰向けに押し倒す。  そしてそのまま中師の身体に馬乗りになると、鼻が触れ合うほど側に顔を寄せた。 「なんか、嘘くせェ…」  眉をひそめて不審な顔の柊一は、ジッと睨み付けるようにして中師の瞳をのぞき込んでくる。 「何も嘘など吐いていないがな」 「…なんか、嘘くせェよ。…だって、奥さんが浮気してただ離婚するなら、何でアンタそんなに優柔不断なんだよ? すっぱり別れちまえばいいぢゃんか? こんなマンション借りて、わざわざ別居してさ。アンタが奥さんから逃げる理由が、全然無いってのに」  見透かされた事に動揺して、思わず中師は視線を逸らせてしまう。 「俺さぁ、泣いてた奥さんの声聞いて思ったんだけど、あのヒトきっとアンタのコトまだまだ好きなんじゃないのかな? だってアンタって、スゲェ性格歪んでて意地悪いけど、俺だってアンタのコト心底嫌いになれないぜ? なんつーか、アンタの意地の悪さってどっか優しいよな。アレだって上手いし、俺が名前呼んでくれって言ったら呼んでくれたろ? スパッと別れちまわないのは、奥さんがアンタのコト好きだって、アンタが知ってるからなんじゃないの?」 「…キミは、まるで真実の天使だな…」  微かに苦い笑みを浮かべ、中師は視線を柊一に戻した。 「アンタ、奥さんのコト許せないのかよ?」 「キミが思うほど、私は優しくもないし勇気もない。ただ、世間体を気にするまわりから、離婚を勧められて…、決断もできないまますべてから逃げているだけさ」  柊一は2〜3度大きく瞬きをすると、不意に身体を離して腹を抱えて笑い出した。 「どうしたんだい?」  問いかけても、笑いが収まりきれない様子でしばらく返事もせずに笑い転げている。  かと思ったら、不意にむき出しになった肩と、緩く開かれたジッパーの内側をわざと見せつけるようにして身体をすり寄せ、柊一は妖艶な視線で中師を見つめてくる。 「代金を払うようなことは、していないんじゃなかったのかな?」  かろうじて理性を引き留めた中師の言葉に、柊一は艶のある視線を向けたままで誘うように笑って見せた。 「この間、アンタ俺にこう言ったよな。食事の代金を身体で支払うコトに異存がないってコトは、相手は俺の身体に欲情する衝動を持っているって。つまり、アンタは俺がこうやってみせると、俺とヤりたくなるんだろう?」 「…否定はしないがね」  途端に、柊一はまたしてもゲラゲラと笑いだした。 「一体、何がそんなにおかしいんだい?」 「だって、浮気した奥さんの体裁が悪いなら、オトコとこんなコトしてるアンタって一体なんだよ?」  返された答えに、中師は唖然となる。 「なぁ、俺、最後にアンタともう一回してェな。アンタ上手いし、また名前呼んでくれよ」  ジッパーをはずし、そのまま柊一は両腕を中師の肩に回してきた。  目を眇め、中師は微かなため息を吐くとしなやかな腰に手を回す。 「キミには、完敗だな…」  それから、ゆっくりと口唇を重ね合わせた。 †  翌朝目覚めた時、隣はすでにもぬけの殻だった。  昨日買い与えた服は、パッケージだけが部屋の中に散乱しているだけになっており、スウェットだけがきちんと畳まれて枕元に置いてあった。  中師は微かな感傷とともにそのスウェットを手に取ったが、それも数分の事で、やがてベッドから降り立つと留守録のライトが点滅している受話器を手に取った。 First update:06.01.29. *Aventure -夜のうたかた-:おわり*
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