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第10話
らしくない大きな紙袋を手に提げて、中師は駅に降り立った。
そして、そのまま人の流れに乗ってマンションへの道を歩き出す。
早く帰らなければ、餓鬼のように腹を空かせた柊一の機嫌を損ねてしまう。
そう考えると、気付かぬウチに歩調も早まっていた。
「なっかつかささーん!」
突然大声で名前を呼ばれ、中師は吃驚して振り返る。
スターバックスのテラス席に腰を降ろし、こちらに向かってブンブンと両手を振り回しているのは、紛れもなく柊一だった。
「どうしたんだ?」
「そろそろ帰ってくる頃だろうと思ってさ。アンタがいちいち出かけ直す手間を省いてやったのさ」
ニイッといつもの少年のようないたずらっぽい笑みを浮かべ、柊一は中師を見上げてくる。
「俺さぁ、ココで一度コーヒー飲んでみたかったんだよな。アンタいつも、ココで一服してんだろ?」
なにも無いテーブルを見渡し、中師は微かな苦笑を口の端に浮かべる。
「コーヒーの他に、何か欲しいモノは?」
「無い。夕飯、食えなくなるじゃん」
頷いて、中師は席を離れる。
オーダーカウンターに立って、少し考えた後にいつも通りのエスプレッソマキアートと季節限定のホワイトチョコレートを注文して、中師は席に戻った。
「なにコレ?」
己の前に置かれたカップを見つめ、柊一は中師の顔をジッと見つめてきた。
「紙コップだろう?」
「中身が何か訊いてンだろ? なんかスッゲー甘いニオイするぞ! ホントにコーヒーか?」
「キミの好みから察すると、コーヒーよりそっちの方がお気に召すと思うがね?」
中師の返答に、柊一は子供のように頬を膨らませる。
「ガキ扱いするなって、言ってンのに!」
「そんなつもりはないんだがな。ただ、キミはかなりの甘党だろう?」
「失礼なっ!」
ますます頬を膨らませる柊一を見やり、中師はようやくの思いで笑いを堪えた。
「ところで、そのでっかい包みなに?」
実に不満そうに文句を言った割に、口を付けた後は黙ってそれを飲んでいた柊一が、中師の足下に置かれた紙袋に気付く。
「これか? キミに進呈しようと思ってな」
「へえ、なんだよ?」
今すぐにも包みを開きかねない勢いの柊一から袋を取り上げ、中師は柊一の手の届かない席に荷物を置いた。
「俺にくれるんじゃないのかよ?」
再び不満そうに口唇を尖らせた柊一を見やり、中師は意地の悪い笑みで答える。
「子供なら、ココで開けても良いんだがな」
「ちぇっ! アンタってホントいけ好かないよなっ!」
カップに被されていた蓋を取り外し、柊一は一気に中身を飲み干した。
晒されたのど元の白さと、溜飲する動きに一瞬目を奪われる。
「今日は時間もまだ余裕があるから、少しゆっくり食事のできる店に行こうか?」
「そーだな。俺、中華が食いたい」
立ち上がり掛けたところで、中師のポケットから携帯電話のコールが響く。
「すまん、ちょっと待ってくれ…」
移動しかけた柊一を制し、中師は取り出した携帯をよく見もせずに耳に押し当てた。
「…ああ、キミか…」
不意に声のトーンを落とした中師を訝しんで、柊一が振り返る。
中師は口元に手を当てて顔を俯けた。
「今は、話していられないんだ…。後日、またな…」
早々に通話を切り、そのまま携帯の電源を落としてポケットに戻す。
「帰った後も仕事かよ? やりきれねェなぁ…」
嫌みっぽく笑う柊一に、中師は「それもそうだ」と答えた。
マンションに戻ったところで、早々に柊一が紙袋に飛びついてくる。
「そんなに期待しても、良い物は出てこないぞ」
「なにコレ? スウェット?」
袋から引っ張り出された上下のスウェットを眺め、柊一は怪訝な顔になる。
「俺さぁ、確かにアンタに服を何とかしてくれっつったケド。これじゃ、外をふらついたりオトコ引っかけるのに向かないんだけど?」
「キミに弁償する服は、週末に買いに出ると言っただろう? それは、室内着だ。日がな一日、バスローブでいるのも不便だろう?」
ふうんとあまり気乗りのしない返事をして、柊一はおもむろに中師から借りている服を脱ぐと、商品タグを外したスウェットに袖を通した。
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