第12話

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第12話

 週末になって、中師は柊一を連れて都心に出かけた。  ブランド店の並ぶ銀座の通りを歩きながらショーウィンドウを眺めている中師に対し、柊一は少し俯き加減で落ち着き無く後からついてくる。 「どうした? 希望を言わないと、買えないぞ」 「…確かに弁償しろとは言ったけどさぁ…」  言葉を濁した後、柊一は中師の側にそっと近づいてきた。 「ここらの服って、俺の服よか高くねェ?」 「さぁ? キミの服がいくらだったか、私は全く知らないからな」  うそぶいて、中師は穏やかに笑う。 「私が選んでは意味もないだろう? どれにするんだい?」 「別に、ユニクロで良かったのに…」  ブツブツと文句を言いながらも、中師がどうにも態度を変えない様子を見て取って、柊一は開き直ったらしい。  顔を上げると、ショーウィンドウを一通り見て回り、己の好みにあった服を選び始めた。  いくつかの店舗を回り、提げる紙袋の数が複数になったあたりで、中師は足を止める。 「一服、しようか?」 「なんだよ、疲れたのか? だらしねェなぁ」  開き直った後の柊一は、すっかり買い物そのものが面白くなってしまったらしく、はしゃいだ様子で次の店を物色し始めていた。 「言ったろう、キミみたいに若いワケじゃないんだ」  ニッと笑って、中師は先に立って歩き出す。 「一服って、そこらの店に入るんじゃないの?」  後からついてくる柊一は、さすがに銀座の土地勘など無い。  答えを返さずに中師が入っていったのは、黄色と小豆色で縁取られた看板の掛かった可愛らしい店構えのアイスクリーム専門店だった。 「なに、ココ?」 「好きなんだ。ここのアイスクリームが格別ね。…さて、どれにする?」  自分達の様子と店舗の雰囲気とを比較して、柊一は少しだけ眉を顰めて見せたけれど。  中師が全く臆した様子もなくオーダーカウンターに向かっていってしまったのを見て、そのまま黙ってついてきた。 「どれにするんだい?」 「…よくわかんねェから…」  ショーケースの中に並ぶアイスクリームよりも、店内にいる女性客と女店員の視線ばかりが気になるらしく、柊一はひたすら俯いてしまっている。  ちょっと笑いそうになってしまったが、それを表情には出さずに中師は簡単にオーダーを済ませた。  通りの見える窓際の席を選ぼうとする中師の袖を引いて、柊一は奥の人目に付かない席に腰を降ろす。 「アンタって、恥がねェのかよ?」 「遠慮していたら、自分の好きなモノも食べられなくなってしまうじゃないか」  悪びれずに答えて、中師は柊一の前にサンデーになっているアイスクリームのグラスを置いた。 「こんなモン注文したのかよ! ホントに臆面もねェな」 「キミの分だからね」  答えた中師の前を見ると、カップに入ったアイスクリームの他にコーヒーのカップがあるきりだった。 「ガキ扱いするなって、言ってンのに…」 「子供だと思っていたら、ラムレーズンだのブランデーチェリーだのは頼まないよ」  不審な顔のままスプーンを手に取った柊一だったが、一口食した後は、言葉もなく黙々とサンデーに取り組み始める。  その様子に、中師はまたしても笑いをかみ殺した。 「…お気に召していただけたかな?」  問いかけに、柊一がハッとなってこちらをみる。  頬が見る間に紅く染まる様に、中師はもう笑いを堪える事が出来なかった。 「ちぇっ、そんなに笑う事ねェだろ。確かに美味いよ、ココのアイスは…」 「どのフレーバーが一番気に入ったんだい?」 「…この、チョコみたいのが混ぜてあるヤツ。でもチョコじゃねェよなコレ」 「混ぜてあるのはチョコレートクッキーだよ。そのフレーバーなら、コンビニに行けばカップで売っている。ハーゲンダッツのクッキー&クリームだ」 「へえ、覚えとこう」  長いスプーンで掬い上げアイスクリームを口に運んでいる柊一は、もう店内の雰囲気と自分達との違和感の事などコロリと忘れている。 「俺、いままで一人のヤツとこんなに長く過ごしたコト無かったけど、こういうのも結構面白いな」 「まぁ、人生の参考にしてもらえればそれに越した事はないがね」  穏やかに笑いかけながら、この時を一番楽しんでいるのは他ならぬ自分自身なのだろうと中師は思った。 「でさぁ、俺、ココで別れた方が都合良い?」  甘味を口に運ぶ手を休めもせず、目線もグラスに注いだままで、柊一は突然そう口を切る。 「…えっ?」  さすがに驚きを隠せずに、中師は顔を上げた。 「だってそうだろう? 俺はアンタのところに服を弁償して貰うまでいるつもりだったし、今日ここらで買い物したからそれで目的も達成した訳だしさ。…あ、でも借りてる服を返すコト考えたら、一度アンタのところに戻った方が俺的には都合がいいんだけど…」 「…無理に出ていく事もないだろう? 私は別に…」  言いかけた中師を遮るように、柊一が上目遣いで中師の顔を見る。 「だってアンタ、奥さんのとこに帰らなくてイイのかよ?」  中師は思わず目を見開いて、柊一の顔を凝視してしまった。 「…なん…だって…?」 「話がしたいって、言ってたぜ。…アンタ、家族と連絡してないのかよ?」 「なぜキミが、そんな事を知ってるんだ……」 「…昨日、昼間に電話掛かってきてさ。俺は出なかったんだけど、留守電が回ったら女のヒトが喋り出してさぁ。…アンタは、帰ってきても留守電なんて全然確かめないから知らなかったかもしれないけどさぁ」  思わず、言葉もなかった。 「とりあえず、どうする? 俺、ここで別れた方がいいなら…」  言いかけて、柊一は口を噤んだ。  黙って手を握りしめてきた中師が、黙って俯いたまま泣いているように見えたからだ。 「…やっぱり、アンタのところに服を返しに行くよ俺」  呟くように言った柊一に、中師は返事をしなかった。
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