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第1話
仕事が引けた後、駅前のスターバックスに立ち寄ってエスプレッソマキアートを飲むのが、最近の 中師 博文の日課だった。
日課…といっても、管理職の中師が毎日立ち寄る事は不可能ではあったが、通りがかりに店が開いている時は必ず立ち寄っていた。
テラス席に腰を降ろし、道行く人々を眺めながら時を過ごす。
カップの中のコーヒーを飲み干すまでの短い時間、何に煩わされる事もなく、何を考える事もなく、ただぼんやりと過ごす贅沢な時間。
珍しく定刻に仕事が引けた今日は、エスプレッソをすっかり飲み干した後も、中師はそこにとどまって街を眺めていた。
その目線が、ふと一点で止められる。
そこには、一人の青年が人待ち顔で立っているだけなのだが。
なぜかひどく、その人物が気になったのだ。
おもむろに手元の時計に目をやって、中師はかすかに眉を顰めた。
意識していた訳ではないが、でも確かに彼は中師がこの席に落ち着いた時から、既にそこにいた。
もう30分以上も、彼はあの場所に立っている。
陽は暮れてしまったものの、それほど遅いという時間でもない。
約束の相手が遅れているのだろうか?
それにしても、一体どういう相手との待ち合わせなのだろう?
ガールフレンドとの待ち合わせだとしたら、彼の服装は、あまりにも相手に対する気遣いに欠けていると思わざるを得ない。
洒落っ気がないというよりは、着のみ着のままの様にすら見える、出で立ち。
少し悪い言葉で表現するなら、みすぼらしいと言って良かった。
中師の目から見て、彼には待ち人など存在しないような…そんな気がした。
しかし、確かに彼は誰かを待っている。
駅の方に向けられた彼の顔には、これから現れる「誰か」との今夜の予定を楽しみにしているような、ワクワクした様子が容易に伺い知れた。
通りに面したCDショップから流れる音楽に合わせて、爪先でリズムを取っている。
少なくとも、とても待ちぼうけを食わされている人間には見えない。
その姿から感じられるのは、ひたすら「楽しそう」なもので、苛立ちも怒りも全く読みとれなかった。
不意に……それはまるで通りがかりに突然声をかけたような感じで、その男は彼の側に現れた。
スーツにネクタイ姿の男は、どうみても彼とは別次元の身なりをしていたが、どうやらそれが本当に彼の待ち人だったらしく、二人は連れだって歩き出す。
そうして彼の姿が人混みに消えた時、中師は自分がずっと彼の様子を見つめていた事に気付いた。
時計に目をやると、先ほどから既に20分以上の時が過ぎている。
自身に呆れてため息をつき、中師は席を立った。
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