出会い

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出会い

 風呂から二人で出たあとは各々が自由に過ごした。俺は洗濯物を部屋干ししたあと、キッチンのダイニングテーブルで受験勉強。樹は俺の部屋で静かにしていた。俺の邪魔をしないように配慮してくれてたんだろう。  日にちが変わったところで勉強を終わらせて、自分の部屋に戻る。樹はベッドに寝そべって、スマホを弄っていた。俺の姿を確認したとたん、壁側に体をスライドさせるもんだから、俺はちょっとウンザリした。俺も一緒にシングルのベッドで寝ろと? 狭すぎだろ。お前が布団に行けよ、ともちろん思ったんだけど。 「甘えたかよ」  掛け布団を捲りあげて、樹の隣に体を滑り込ませる。やっぱりキツキツだ。だいたい樹がデカすぎるんだ。 「家に泊まるって連絡した?」  念のため聞いておく。 「兄貴に電話した」 「なら良い」  連絡しないで、誘拐だ何だで大騒ぎになったら大変だ。なんせ樹は、大企業の社長の息子だからな。  リモコンで部屋の電気を消灯する。と、樹が俺の名前を呼んだ。少し沈んだ声で。 「軽蔑したか。俺が金を払ってΩを――」  俺は反射的に、樹の口を手で塞いでいた。皆まで言わせたくなかった。 「軽蔑してねーよ。αもΩも大変だなって思っただけだ」  親やお兄さんに強要されてやってきたことなんだろうし。樹は悪くない。 「それより俺は――お前のことが心配。親とうまくいってないだろ」  うまくいっていたら、毎日俺の部屋に入り浸って、遅くに帰るなんてことしないだろ。まあ、自分のことを信用してくれない親と仲良くできるわけがないよな。救いは、お兄さんとはちゃんと連絡を取り合えているってこと。たしかお兄さんの第二次性はβだ。前に樹が言っていた。  樹の口から手を離すと、追いかけるように樹が、俺の手首をしっかりと掴んでくる。 「うまくいってないけど今更だし。どうでも良い」  樹が投げやりな口調で言った。 「でも、いつかは家の事業を継ぐんだろ。仲が悪いままじゃ困るじゃん」 「俺は継ぐつもりはない」  今度は強い口調で言い返してきた。 「ああそうなの?」  正直どうでも良い。樹が親の会社を継いでも継がなくても。どちらにせよ、エリートになるのは確かだろう。官僚なんか向いてそうだな。あ、でも、大学は理工系だっけ。 「樹がどんな進路を選んでも、俺は応援するよ」  だからそろそろ、手を離して欲しい。なんで掴まれてるんだろう。 「――さっきは悪かった。急に怒って、部屋を出ていったりして」  樹が急に謝ってくる。さっき玄関で謝ったことを忘れてるのか。  暗闇に目が慣れてきたから、樹の顔がどこにあるかは把握できる。だけど表情までは分からない。 「良いって、別に」 「逆ギレだった」  そうは思わないけど。やけにさっきキレたことを気にしてるな。  俺が樹の立場だったら、どんな言葉をかけられたら嬉しいだろう。ちょっと考えた。 「俺は怒ってないから。ただ心配にはなった、出ていかれて。戻ってきてくれて嬉しかった」  言い終わったあと、ニコッと笑ってみる。ああでも、暗いから分からないか。  樹は俺の手首を掴んだまま無言だ。  眠くなったのかもしれない。  おやすみ、と声をかけてみると、まだ眠くないと、不貞腐れたような声が返ってくる。ちょっと子供っぽい。  そりゃそうだよ、俺たちはまだ十八で、卒業間近だけど高校生で。全然大人じゃない。  だけど俺は、樹のことを大人だと思っていた。いや、違う。俺とは別次元の存在だと思っていた。樹がαで、容姿も頭脳も優れていて、何事にも冷めた反応しかしなかったから。三ヶ月前までは。 「俺、樹のこと誤解してた。人間離れしてんなってずっと思ってた」 「そんなことないだろ」 「そうそう。全然そんなことない。お前、めっちゃ人間っぽい」  体も温かいしな。 「――もうΩとセックスしたくない」  ポツリと樹が言う。本音なんだろう。 「だったらしなきゃ良いじゃん。毎日自分で処理すれば問題ないだろ」  要は精巣上体に精子を溜め込まなければ良いんだ。タンクを空の状態にしておけば、もしヒートのΩに遭遇しても、すぐに襲うということはない。自分に抑制剤を注射できるぐらいの、時間の猶予は残っているはずだ。 「秋生に手伝ってほしい」 「調子に乗るな」  べしっと樹の頭を叩いた。ここはちゃんと釘を刺しておかないと。俺たちは友達なんだから。 「もう寝よ。眠い」  俺から樹に体を密着させる。温かいんだよ、こいつ。湯たんぽみたい。 「言ってることとやってることが違う」  不満げな声が聞こえてくる。背中に回ってくる手はやっぱり温かくて、俺を容易く眠りに誘う。    あまりの寝苦しさに、俺は夜中に目を覚ました。  当たり前だ。俺の体に、すっぽんのように樹が張り付いている。めちゃくちゃ暑いし、拘束力が強くて、苦しい。  樹を起こさないように、ゆっくりと、自分の背中に回っている手を剥がした。次に絡んでいる脚四本を、そうっと解く。  樹は起きなかった。ホッとしながら、俺はベッドから下りる。  シャワーを浴びることにする。さっき風呂に入ったとき、のぼせるまで樹と手コキし合ったせいで、まともに体を洗えていなかったのだ。  今度こそちゃんと顔と頭と体を洗って浴室から出たとたん、猛烈に眠くなって、俺はパンツ一枚も穿かずに布団に潜り込んだ。やっぱりシングルサイズの布団には一人がベストだ。寝返りし放題だ。  ――と思って寝てたはずなのに、朝起きたら、なぜか超至近距離に樹がいた。目を開けた瞬間、驚いて顔が動いて、危うく樹にキスしそうになった。  振動が伝わったのか、樹がパッと目を開けた。もろに視線がかち合ってなんだか気まずい。  あきみ、と樹がつぶやいて、俺の背中に腕を回してきた。もうお約束な感じだ。樹はスキンシップが好きなんだな。ていうか俺、真っ裸なんだけど。大丈夫か?  大丈夫じゃなかった。  樹の手の動きが、すぐにいやらしくなった。背中を触る手が、ペタペタからサワサワになる。繊細なタッチで撫で上げられて、腰がゾクリとした。なんでこんなに敏感になってるんだ俺は。体を揺すって、樹の腕から逃れようとしても、片腕でホールドされていて駄目だ。 「いつきーやめろよー」  下手に刺激しないように、感情の入らない声で言ってみた。が、なんの意味もなかった。  背中を撫でる手が下に下がって来た。尻をしつこく揉みまくったあと、前に回ってくる。肛門は避けてくれてホッとしたのも束の間――全く兆していない俺のものを、樹が優しく擦ってくる。同時にキスをされて、舌もするって入れられて、急に体から力が抜けた。  ああやばい。体がとっくに、樹に慣れている。快感を与えてくれるって覚えちゃってる。  すぐに俺の性器はムクムクと膨らんで、射精を促すように先端を強く擦られて、俺は我慢できずに自分の腹に白濁を飛ばした。  射精の開放感と、腰のあたりに滞留する心地よさにぼうっとしていると、掠れた声で樹が「秋生」と囁く。スウェットを下げて、露になったそれに俺の手を導いて。  サービス精神旺盛な自分が憎い。  すでに硬く勃起している樹のものを、五指で扱き上げて、樹を絶頂に追い詰める。  俺は樹の顔を見ながら、格好良いなと見惚れる。唇を噛み締めて、眉を寄せて、射精を遅らせようとする表情がやけに色っぽい。こっちも興奮してくるほどだ。  また樹が、「秋生」と呼んで、俺の手の中に精液を放出した。 「できった?」  気持ちよさそうに口元を緩めた樹に、思わず俺は聞いていた。 「もっと出る」 「マジか」  聞かなきゃよかった、と後悔してももう遅い。  二ラウンド目が始まってしまった。  お互い二回ずつ射精したら、ようやく樹が寝落ちしてくれた。時刻は六時半で、まだ時間に余裕があるから、起こさないでおく。  俺は樹の寝顔を見ながら、感慨に耽っていた。  まさか俺たちが、こんな関係になるとは――。なぜこうなったんだろう。最初は友達としか思っていなかったのに。  友達にならない方が良かったのかも、とちょっと後悔なんかもしてみる。  二年の一学期が始まった日に会ったんだ。初めて。  始業式が終わって、講堂から出て渡り廊下を歩いていたときに、樹が呼びかけてきたんだ。 「お前、砂生(さそう)秋生?」   第一印象はαだなあ、だった。容姿が良すぎて、存在に現実味がなかった。 「そうだけど」  とりあえず返事をしたあと、なんで俺のことを知っているのか気になった。 「俺、成宮(なるみや)樹だけど。覚えてない? 小学校のときちょっと遊んだことがあるんだ」 「ごめん、覚えてない」  本当に覚えてなかったから、正直に言った。  俺は小学生の頃、片手以上も転校を繰り返していた。親父が根無し草だったからな。日本国内を転々としていて、同じ場所に一年留まることがなかった。  いちいち一時的に仲良くなった友達の顔、名前を覚えていられなかった。あまりにも人数が多すぎて。友達に深入りしすぎると、別れるときに辛くなるから、浅い付き合いしかしなくなっていったし。  俺の素っ気ない返事に樹は気を悪くした風もなく、「そうか」とつぶやいただけだった。 「ごめん。でも、俺たち友達だったんだよな? じゃあ今から仲良くしよ」  俺はそれまで、βとしかつるんでいなかったんだけど。  なんとなく、樹とはうまくやっていけそうな予感がした。 「成宮ってαだよな」 「そうだ。お前は?」 「βだよ」  そう返事をしたとき、少しだけ樹の顔が強張ったような気がした。 「そうか」   心なしか、声まで弱くなったように感じた。
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