きっかけ

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きっかけ

「これ、なに?」  樹(いつき)の部屋に入ってすぐ。俺は勉強机に置いてあるピンク色の小瓶を指差して訊いていた。それはパソコンや文房具などの真面目なアイテムがある中で、ひときわ異色なオーラを放っていた。ハート型でピンク色の容器なんて、見るからに怪しい。 「あ――それは、香水だ」 「ただの香水?」  すかさずツッコミを入れると、樹は苦笑した。 「秋生(あきみ)の予想通り、フェロモン香水だ」 「へえ」  小瓶を手に取って軽く振ってみる。液体はなみなみと入っている。まだ未使用なのかもしれない。 「樹に必要なくない? Ωにモテまくってるんじゃん」  樹はαだ。それも上位の。学校では常にΩの女の子(たまに男も)に言い寄られていて、どう考えても、フェロモン香水に頼るような境遇じゃない。 「俺が買ったんじゃない。試してみろって兄貴に渡されたんだ」  樹が訥々と語り始める。  何でもこのフェロモン香水――TSU・GA・I――は、フェロモンが弱い、若しくは全く出ないΩ向けに開発されたものらしい。Ωヒトフェロモン入りだという。 「なんで樹が持ってんの? そんなの」 「これを使ったら、俺のα臭が緩和するかもしれないってことでテストしてみろと」 「あーΩ臭とα臭を相殺させるってこと? 実際どうなの?」 「まだ一度も使ってない」  やる気のなさそうな顔をして樹が言う。 「本当に効き目あるのかね? あったら爆売れしそうだけど」  ターゲットのΩ以外にも買い求める輩はたくさんいそうだ。βの女性だって、あわよくば上位αの男と結婚したいと思っているだろう。 「同業他社が昨日売り出したやつだ」  ふーん、と俺は相槌を打った。ライバル会社の製品をリサーチするってことか。 「さっさと試してみれば良いじゃん。俺が吹きかけてやるよ」  好奇心がムクムクと湧いてきた。プッシュボタンの穴を樹に向ける。  樹がやれやれ、と呆れ顔になって俺を見てくる。子供扱いされたみたいで、ちょっとムカつく。樹はよく、俺の行動に冷めた反応を示すのだ。  彼の喉仏あたりに一回プッシュする。ふわっとフローラル系の匂いが一瞬漂った。これで樹のα臭が薄くなるのか。 「――って、俺じゃわからないじゃん!」  俺は急に気がついた。俺はβだ。そもそも樹のα臭がどんなものかも分からない。ビフォーアフターのレポートを書けるはずもない。 「外行って試してみる?」  せっかく吹きかけたのにこれでは意味がない。勿体ない。 「アホかお前」  更に呆れた顔をして、樹がベッドに寝転がった。セミダブルの分厚いマットレスがブルンと揺れた。  俺はなんとなく、樹の顔と体を眺めた。嫌味なぐらい上位αっぽいルックスをしていると思う。顔は誰もが認めるほど整っていて、道を歩けばスカウトに声をかけられるほど。体格も良い。百八十センチある身長に、長い手足。筋肉もバランスよくついている。つまり、文句の付け所がまったく見当たらない容姿なのだ。その上勉強もできる。定期テストではいつも学年トップだ。更に、家柄も凄い。大人から子供まで知っている業界知名度ナンバーワンの製薬会社の社長の次男なのだ。すげーって言葉しか出てこない。ちなみにこの部屋もすげー。個室なのに十畳あるとかおかしい。ウォークインクローゼットまである。勉強机も大人っぽい仕様だ。高そうだ。 「ぼんやりしてないで、さっさと教科書とノート開けよ。勉強教えてほしいんだろ?」  ちょっと苛ついたように樹が言う。 「あーそうだった」  俺は樹の部屋に来た目的を思い出した。でも、まだ勉強する気にならない。手中のフェロモン香水を見る。 「俺がつけたらどうなんの? 俺に欲情したりして?」  だったら、αってチョロいな、なんて思う。 「――やってみれば? 興味あるんだろ?」  樹がベッドの上から挑発するように口角を上げて、俺を流し見てくる。珍しい。樹が俺の冗談に便乗してくるとは。  もし効いたらヤバくないか? と不安が過ったけど、そんなの一瞬だ。効くわけがないし、自分から言っておいて、樹の挑発に乗らないのはビビっているみたいで情けない。  俺は自分の首に向けて、香水を吹きかけた。さっきと同じ匂いが生まれて、すぐに消えた。  俺は鞄を床に置いてから、ベッド脇に寄った。 「どう? なんか変わった? 俺」  ニヤニヤ笑いながら、樹の顔を覗き込む。と、いきなり強い力で後頭部をガシッと掴まれた。そのまま樹のほうに引き寄せられる。首が前に倒れる。気がつけば、樹の鼻と俺の鼻がぶつかっていた。え? なんかヤバくね? と思ったときには遅かった。かぶりつかれるように樹にキスされて、舌で唇をこじ開けられた。舌の力が半端じゃない。舌までα仕様とか。ぬるっと舌が口内に侵入してきて、縦横無尽に動き回る。俺は首を振ろうとしたけど樹の手で頭を固定されていて、ままならない。圧倒的な力の差を感じて、屈辱とともにに恐れを覚えた。一年と半年の付き合いになる高校の友人に――。俺は彼の顔を直視できなくて目を瞑った。  ピチャ、クチュ、と粘膜の絡む音がしつこく鳴り響く。なんていうか、鼓膜じゃなくて脳に直接響くような生々しい音だ。ディープキスは初めてじゃないのに、相手のざらついた舌の感触にまた恐れを感じた。  樹の口は離れていかない。息が苦しくなって鼻呼吸をすると、いつの間にか力が抜けていた両腕を掴まれて、ベッドに引っ張られる。もちろん力では敵わない。仰向けで寝ている樹の上に俺は乗っかった。制服越しに体が密着した。彼の熱い体と――股間の状態を察知して、俺はゾッとした。樹のものが硬く勃起している。  いよいよ俺は身の危険を感じた。このままじゃやばい。焦燥に駆られる。でも樹は、一切隙を見せない。俺の頭は片手でがっちりと固定されているし、腰ももう片方の手で抑え込まれている。両脚も、樹の両脚でホールドされている。  両腕は自由に動くからバタバタ振り回した。ベッドのマットレスに手が当たるだけで意味がなかった。  鼻で呼吸していても口を塞がれていると苦しい。頭が朦朧としてくる。飲み込めなくなった唾液が口の端から溢れる。このままじゃ声も発せない。俺は目を開けた。樹も目を開けていた。目が異常にギラついている。正気を失っているのかもしれない。  樹が俺をがっちりホールドしたまま、体をぐるっと横転させた。俺が下になって、よけい形勢が不利になる。ものすごく体力を消耗していて、全身に力が入らなくなっている。  俺が抵抗できなくなっていると察したのか、樹がようやくキスをやめて、体を起こした。が、すぐに俺の腰に馬乗りになって、制服のネクタイを外した。襟から抜き取ったそれを、迷いなく俺の両手首に巻きつけてきつく縛った。これはヤられるフラグが立っている――俺は冷静に現状を把握していた。  この展開は、やっぱりフェロモン香水のせいだろう。ふざけたことしなきゃよかった。後悔で思考が埋まる。  樹に下着ごとスラックスを脱がされ、両方の膝頭に手を置かれて、ぐっと開脚させられた。半ば諦めの境地で、俺は奴の行いを目で追っていた。なぜなら、どう考えても形勢逆転は不可能だから。暴れたらよけい体力を消耗する。  空気にさらされた剥き出しの俺の一物は、不覚にも少し硬くなっていた。こいつとのキスのせいだと思うと悔しい。  股間に樹が顔を埋めた。熱い息が触れてくる。兆している俺のものを口に含んで、吸い始める。咄嗟に唇を噛んで、変な声が出るのを抑えた。ジュルジュルと音を立てて、竿まで舐めしゃぶられ、普通に気持ちが良い。それにしても、口の大きさも、舌の長さ、厚みも女の子とは規格が違って、愛撫がダイナミックだ。ていうか、やっぱり樹の奴、頭おかしくなってる。βの男の性器咥えるとか、普段ならありえない行動だ。  先っぽがジンとしびれて熱い。快感がどっと押し寄せてきて腰がぶるっと震える。射精したくなる。追い上げるように樹が右手で俺のものを扱く。口にも咥えたまま――。  俺は唇を噛み締めたまま、とうとうイった。樹の口の中に思い切り出した。  ピンと硬直していた爪先から、力が抜けた。いつもよりも、射精のあとの脱力感が凄まじい。はあはあ、と声に出して呼吸を繰り返す。 「――秋生」  ようやく樹が声を発した。呼吸まじりの掠れた声だ。俺は察した。まだこの狂宴は終わっていないのだと。  口元を拭いながら、樹が近くにあるサイドテーブルに腕を伸ばしている。俺の腰に跨って。  ベッドに杜撰に落とされたのは、ローションとコンドームだ。  フルコースだな、これは。俺、男は初めてなのに。樹は鬼畜すぎる。正気を失っていたとしても。俺はちょっと悪ふざけしただけなのに。  股を広げられて、腰を浮かせられ、枕を差し込まれた。もう逃げられない感じだ、これは。  俺は目を閉じた。怖い。見ていられない。こうなったら、無駄に抵抗しないで事を穏便に済ませたい。さっさと終わってほしい。  まあ、男と一回やってみるのも経験としては良いかもしれない。俺はセックスが好きだ。気持ち良いことも。かなりの快楽主義者だという自覚もある。新しい性の扉が開かれるかもしれない。  プラス思考という名の現実逃避――だって、そうでもしないと現実を受け止められないし。  ドロっとした、とろみのある液体が肛門に触れた。それが内部に遠慮なく注入されていく。ヒヤッとして、俺の腰が勝手に震えた。ヌルヌルになっている後ろに、すぐに指が入ってきた。一本だけなのに、抜き差しされると中を圧迫されて苦しい。でも、根気よく繰り返されると、慣れてしまう。二本、三本と指が増えていくとともに、下半身の感覚がなくなってくる。痛みや違和感に鈍くなっている。でも、内部のある一点を指で擦られると、電流を流されたように体がしびれる。触られていない前の性器が反応する。気持ちが良い。勝手に内部がひくついて樹の指を締め付ける。  ああ本当に前立腺を刺激されると気持ち良いんだな、と実感した。勉強になった。これ、癖になったらどうしよう。前立腺マッサージの風俗店があるらしいし、俺もそのうちいく羽目になるのか――。  そんな思索をしていたら、指が中から退いた。目を開けると、思い切り広げた自分の脚と、その間に体を割り入れている樹の姿が見えた。樹の勃起したものも――。凄かった。αを俺は舐めていた。自分のとはかけ離れた規格外のサイズ。デカい。  こんなのを嵌められたら、絶対裂ける。壊れるに決まっている。怖すぎる。 「樹、無理だ。さすがにお前のは入んない」  声が恐怖で震えている。プライドはこの際捨てる。 「やめてくれ、樹」  何度も同じ言葉を紡いで懇願する。しかし樹は体を進めてきた。固い先端が肛門に触れた。 「やめ――」  俺の声は途中で途切れた。メリメリと、膨れた性器で肛門を拡げられて、そのまま中に押し込まれる。ものすごい圧迫感で、一瞬俺の息は止まった。無理やり伸ばされた孔がピリピリと痛む。同時に、内部にいる異物が、ジンジンと熱く脈打っているのが分かる。  体感で、樹のすべてが入っているわけじゃないと予測できた。半ばぐらいまでだ。 「い、つき……やめろ」  内臓をかき混ぜられたような気持ち悪さがあった。額には大量の汗が浮かんでいる。  俺の哀願を無視して、樹は律動を始めた。俺の腰を両手でしっかり掴んで、抜けるギリギリまで引き出して、また腰を寄せ、俺の中を犯す。何度も何度もそれを繰り返されるうちに、湧いて出てくる感覚があった。じわじわと込み上げてくる心地よさ。前立腺を擦られると、ビクッとして腰が勝手に浮いた。萎えていたはずの前が、また硬くなっていく。それに気がついた樹が、右手で擦り上げてくる。手っ取り早くてわかりやすい快感を享受して、俺はまた絶頂に達した。全身が慄く。中にあるものをギュッと締め付ける感触を覚えたと同時に、樹が腰を震わせた。内部で存在を主張していたものが、徐々に縮んでいく。 「終わったんなら抜けよ」  掠れた声で、樹に言う。でも彼は退いてくれず、俺の体に覆いかぶさってきた。重い。 「秋生」  切羽詰まったような声だ。もうイったはずなのに。  ちゅ、と唇にキスされて、訳が解らなくなる。そんなことしていないで、拘束している俺の手首をさっさと解放してくれ。  文句を言おうとしても、口が開かない。全身が、セメントを詰め込まれたみたいに重い。一発ぐらい樹を殴ってやりたいのに。  俺から樹が出ていく。とりあえずホッとした。とたん、意識が遠のく。受け入れた痛みも、全身に蔓延っている快感も薄れていった。
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