降り、来たるもの

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 ただ、今回の『異界』は普段の現実とはかけ離れた風景とはまた異なる光景を我々に見せていた。極めてこちら側によく似た風景。けれど、それはXの肉体から離れた意識体が見ている光景だということは間違いないことだった。  Xは人の流れに揉まれるようにしながら歩いていく。歩いても歩いても風景はさほど変わりなく、ビル群とごった返す大勢の人。車道には無数の車が行き交っており、その誰もが自分の目的のために動いているのだろう、異質なはずのXの存在には見向きもしない。もしくはXが異質に見えていないのか。この世界のありさまからすると、後者の可能性が高いとは思う。  あらかじめXに我々が課している指示は、「できるかぎり自分の目と耳で『異界』の状況を確かめる」ことであり、Xはいつも従順に私たちの指示を果たそうとする。今もそうで、歩きながらも絶えず辺りを見回すことで『異界』の風景を私たちに伝えている。  もちろん、こちら側によく似た『異界』が存在しないとは思っていなかった。むしろ、我々からアクセスできる『異界』にはそういう『異界』の方が多いのではないか、というのが我々の仮説であった。実際には今回の『潜航』が初めてのことになるのだが。  ただ、こちら側と「よく似ている」だけで、何かが違う可能性は否定できない。注視する必要はあるだろう。  ――と、思ったその時であった。
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