降り、来たるもの

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 Xの瞼が開かれる。  目の前に広がっていたのは、人でごった返す交差点だった。辺りを見回してみれば、交差点の只中に立ち尽くしていたのだと気付く。立ち尽くすXの肩に誰かがぶつかって、舌打ちと共に早足に歩き去っていく。  そうしているうちに、横断歩道の向こう側にある歩行者用信号がちかちかと点滅し、Xは慌てて交差点を渡りきる。次の瞬間には信号が赤に変わり、一瞬前まで人が歩いていたそこを車がものすごいスピードで通過し始める。目の前をトラックが走り抜ける轟音が、スピーカーからも響きわたる。  Xの視界を映し出すディスプレイは、広い道の向こうにビルが立ち並ぶ風景を切り取っている。どこかに似ているようで、それでいて私の知る土地ではない。スタッフにはこちら側の風景との同定を進めるように指示し、視線をディスプレイに戻す。  Xはしばらくはぼんやりと走り去る車を見つめていたが、やがて動き出した。といっても何かあてがあるわけでもないらしく、どこか頼りなさげな足取りで、人の波の中をゆく。その「人」も我々の知る人と何一つ変わらず、周りから聞こえる声も我々の知っている言葉で。  ここが本当に『異界』なのかと、疑うほどの『異界』であった。
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