悠真②

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悠真②

ブラック企業に勤めていると、ネタには困らない。 夜勤中に酒を飲み始める先輩とか、残業100時間超えでハイテンションになってる上司とか、ブラック企業のパワハラあるあるとか。 考えなければならないのは、どんな動画を撮るかだ。 部屋でスーツ姿で喋るだけの動画もあるけど、それだとちょっとつまらない。 字幕と動画のギャップが必要だ。 あれかな、丁寧な暮らし動画の定番のコーヒーを豆から挽いて淹れる動画でも撮ろうかな。 コンビニで美味しいコーヒーをすぐに買える時代なのに、敢えて豆から挽いて氷も氷屋で買ってアイスピックで割って入れるっていう。 俺、コーヒー苦手で普段飲まないけど。 とりあえずネットで検索して、豆と豆を挽く器具とお洒落なビーカーみたいなものを買った。 そして、やっと今日10連勤を終えて夜勤明けの俺は動画を撮ることにした。 キッチンにスマホをセット。 料理をしないから掃除をしなくても綺麗だ。 詳しいやり方はよくわからないけど、とりあえず香りとコクがいいと評判の高い豆を用意しておいたので器具に入れる。 そして、上のハンドルをグルグルと回す。 思った以上に力が要る。ゴリゴリとした振動が手に伝わる。 あ、でも何かいい香りがしてきた。 挽きたての豆の香り。 夜勤明けの脳に沁みる。 誰かルームフレグランスとして開発してくれないかな。     豆のゴリゴリ感がなくなったら、フィルターを逆三角の形の器具につけて、ビーカーみたいな容器の上に置いた。 そして、フィルターの上に挽いた豆を入れる。 電気ケトルで沸かした上をその上に注ぐ。 あ、お湯が溢れた。 加減、超ムズいじゃん。 今度は注意しながらゆっくり、ゆっくり注ぐ。 プツプツと気泡が立って、その音が心地よい。 おお、ビーカーに黒い液体が溜まった。 透き通るような黒さになんだか愛着が湧く。 俺の仕事で溜まった体内のブラックさも抽出されてるのかな。 なんてアホなことを思いながら数秒間見つめた。 今度は冷凍庫から氷屋で頼んだ氷を取り出して、アイスピックで割る。 これは酒を作る時にやるから得意だ。 てか、コーヒーよりも酒飲みたいんだけど。 ちょうどいい大きさに割った氷をビーカーに入れる。 カキンという氷の音が響く。 グラスのコップにも氷を入れ、ビーカーから注ぐ。 おお、美味しそう。 豆や器具を合わせると1万円相当のコーヒーが完成した。 俺はそのコーヒーを一気に飲み干した。 うん、苦い。 これが丁寧に暮らすってやつかー。 なんか無心になれるし、ちょっとした充実感を味わえるな。 ブラック企業に勤める俺には毎回こんなことやる時間なんてないけど。 口の中に残ったコーヒーの苦さを感じながらそう思った。 よし、パソコンで編集するか。 俺は机に向かった。
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