私の恋人は蠟人形に

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 彼に初めて会ったのは、中学三年生の時。そして次に会ったのは、成人式の時。この時から、彼は永遠に私の物になった。  私の家は、蝋燭を作っている「霧島蝋製造所」だ。時折依頼で、蝋人形を作る時もある。どこかの店に、展示するのだろう。  小さな工場で、父と母、それに兄が営んでいる。他に従業員は居ない。私はまだ見習いとして働いている。  工場の中は熱い。常に熱気で溢れ、蝋で手も顔もベトベトになってしまう。それでも仕事は楽しい。一つの物が、自分の手で作られ、完成した瞬間は、喜びに溢れる。  小さな町工場での、小さな楽しみは、動物の蝋を作る事だった。道端で死んでいる動物の死体を持ち帰り、蝋で固め生き返らせるのだ。とても美しい。まるで生前の姿を取り戻したかの様に思える。私の密かな趣味だ。  工場内には、大きな蝋の池がある。その中に動物の死体を浸す。蝋のお風呂と言えるだろう。形を整え、乾かして固めれば完成する。以外と簡単だ。彫刻で形を整える工程は、ちまちまとした細かい作業で、難しいがやりがいがあり、とても楽しい。  私のコレクションは、日々増えて行く。だが最大のコレクションは、『彼』だ。  中学三年生の時に恋をした、『彼』に、私は成人式の時再会をし、再び恋をした。想いを告げたが、届かなかった。恋と言う物は厄介だ。一度は諦めたと思っていたにも関わらず、再び燃え上がってしまう事もある。『彼』の姿を再び目にした瞬間、消えた筈の私の恋心も、再び燃え上がったのだ。だが私の想いは届かない。そう知っていた。ならばどうすればいいのだろうか?どうすれば私の物になるのだろうか?考えた末、出た結論が『これ』だ。「蝋人形にしてしまえばいい。」そうすれば、永遠に朽ち果てない、私だけの物になる。だから私は、『彼』を殺し、蝋人形にした。  『彼』は私の部屋の、クローゼットの中に居る。紹介しよう。私の愛する人、『日野辺奏太朗』さんだ。  奏太朗さんは、そこまで背は高くはないが、とても綺麗な顔立ちをしている。色白で、私は初めて見た時、天使が舞い降りたのかと思った。それ程美しい。  美しさは価値だ。衰える事は罪だ。だから永遠にこの美しさを保つ為には、蝋人形にしてしまう事が、一番良い事柄だと思う。  私は毎日奏太朗さんとお話をする。「おはよう」から始まり「お休み」で終わる。毎日肌に触れ、寄り添い、共に居る。 「あゝ、奏太朗さん、愛おしい奏太朗さん。美しい奏太朗さん。愛しているわ。」  頬を優しく撫でながら、愛を囁く。返事は帰って来ないが、それでいい。それがいい。愛を囁かれたいとも思うが、美しい物は無が一番輝くのだ。  時は大正が終わろうとしていた頃、私は十六歳の誕生日を迎えた。その日は高級食であった、すき焼きが振舞われた。安いお肉ではあったが、両親が用意をしてくれた、祝いだった。  私はすき焼きの肉汁を味わいながら、嬉しそうに頬張っていた。すると、両親からもう一つの誕生日プレゼントを貰ったのだ。それは、真実だった。  母は真剣な眼差しをして、箸を茶碗の上に置くと、正座をして告げた。 「蘭子、実はね・・・お前は本当の娘じゃないんだ。養子なんだよ。」  突然の衝撃な事実に、私の箸は止まった。私は養子。実の娘では無い。両親や兄と、血が繋がっていない。とてつもない誕生日プレゼントだった。  しかし、私はすぐに、その事実を受け入れる事が出来た。何故なら時折、両親や兄と、似ていないと思う節があったからだ。  両親も兄も、至って真面目で、社会に切実だった。対する私は、動物の死骸を蝋人形にし、遊んでいる、どこか危な気な一面を持ち合わせていた。学校では明るく、友人も多い方だったが、教師に対しては反抗的な部分もあった。 「そう。」  私は再び箸を進めると、肉を食べ始める。冷静な私の態度に、両親は顔を見合わせた。兄はじっと無言で私の顔を見つめている。何か言いた気だったが、何も言わない。  兄の伸介とは三つ違いで、仲はとても良い。大学にも行かず、両親の仕事を手伝っている、真面目な人間だ。婚約者も居る。とても切実で、互いを大切にしていた。だが兄は、時折私の体を、じっと無言で見つめている時があった。その時は、成長していく私の体を、微笑ましく見ているのだろうと思っていた。  両親からの真実を聞いてから、数週間後の事だった。兄は婚約者と破局をしてしまった。理由はよく知らないが、兄は酷く落ち込んでいた。私はそんな兄を憐れみ、慰め様とそっと抱き締めたのだ。するとどうだろう。兄も私の体を抱きしめ、唇を重ねて来たのだ。私は驚いた。だが嫌では無かった。もし血の繋がっている兄だったのならば、嫌な気持ちになったのかもしれない。だが血が繋がって無いと知り、誰よりも私を大切にしてくれている兄だった為、私は兄を受け入れる事が出来たのだ。  兄は私の体を撫でまわすと、洋服の中に手を入れ、胸を揉み、下半身を触って来た。その後は流れで、そのまま兄と一つになった。  私は兄の布団の上に俯せになり、上に乗る兄に、体を委ねた。痛みと快楽で涙と涎が垂れ流れ、蜜からは血も垂れ流れた。これが私の初めての経験となった。  その後も時折、兄とは体の関係を持つ様になった。嫌では無かった。むしろ愛おしかった。兄が私を求めている。私は求められている。誰かに求められると言う事が、嬉しかったのだ。  私は兄に抱かれながら、奏太朗さんの事を想っていた。十四歳の時に出会った、私の天使。忘れようと思っているが、忘れられない私の恋。兄に抱かれる事で、心の穴を埋めている様だった。  私と兄の関係は、長く続いた。その間恋人も出来たが、兄との関係も続いていた。日常生活の一部となっていたのだ。勿論両親は知らない。誰も知らない。私と兄の、二人だけの秘密だ。秘め事とは実に面白い。スリルがあり、より一層私の心を興奮させる。私は兄と結婚をしても、良いと思い始めていた。そんな矢先、嵐は突然訪れる。  四年後の事だ。私が成人式を迎えた日、兄の元婚約者が、兄を訪ねて家に来た。そして私は、成人式の会場で、奏太朗さんと再会をしたのだ。二人の心が揺れ動く。  昭和に入り、成人を迎えた私は、華やかな振袖を身に纏い、成人式会場に居た。懐かしい学生時代の友人達と再会をし、思い出話に花を咲かせている所だった。ふと後ろを振り返ると、私の視線の中に、奏太朗さんの姿が飛び込んで来たのだ。  奏太朗さんは、凛々しい袴姿で立ち、辺りをきょろきょろと見渡していた。私の視線は釘付けになっていた。まるで消えていた蝋燭の炎が、再び火を灯すかの様に、私の恋心も再び着火したのだ。鼓動が高まる、体が熱くなる。  一人の友人も、奏太朗さんの姿に気が付くと、私の気持ちを知ってか知らぬか、挨拶をしに行こうと言い出し、私の手を引いて奏太朗さんの所へと向かった。私の鼓動は更に高鳴った。何年振りに会うのだろうか。私が話し掛けても、大丈夫なのだろうか。様々な事が頭の中を過る。 「久しぶり。」  友人が奏太朗さんに挨拶をすると、奏太朗さんは私の顔をじっと見つめて来た。私は無言で、軽く会釈をする。すると、奏太朗さんも、軽く会釈をして来た。 「何してるの?」  友人が訪ねると、奏太朗さんは再び会場をきょろきょろと見渡しながら、答えて来た。 「友人を探しているんだよ。」 「友人・・・。」  奏太朗さんの答えに、私と友人は、無言で顔を見合わせた。何故なら、奏太朗さんの仲の良かった、中学生時代の友人達は、一年前に登山に行った先で、遭難し亡くなっていたからだ。亡くなったと言っても、死体は出ていない。行方不明のままで、死んだと言う事にされたのだ。そんな事からか、妙な噂も立ち、実は中学校の校舎裏に、「死体が埋められている」と言う話も広まっている。多分奏太朗さんは、どこかで生きていると、今も信じているのだろう。  私達は言葉が詰まる。 「失礼、用事があるから。」  私達が無言でいると、奏太朗さんはそのまま立ち去ってしまった。結局ろくに話も出来ずに、その時は終わってしまった。もっと気の利いた言葉を掛けられたかもしれない、もっと自分の気持ちを素直に伝えられたかもしれない。後悔ばかりが押し寄せる。このままでは終われない。せっかく再会したのだ。  私の足は、奏太朗さんの去った方へと向かった。何処へ行ったのかは分からないが、もう会場内には居ないだろう。私は振袖の袖をひらひらと揺らしながら、中学校へと足早に向かった。何故中学校なのかと言うと、『友人を探している』そう奏太朗さんが言ったからだ。きっと噂のある、中学校に向かったに違いない。噂からと言う理由で無くとも、学校は思い出の場所だ。  中学の校舎裏に着くと、案の定奏太朗さんの姿があった。じっと真剣な眼差しで、地面を見つめている。今にも地面を掘り起こしそうだ。 「居ないよ。」  私はそっと、静かに話し掛けた。奏太朗さんは私の方を顔だけ向け、「そうだね。」と、同じく静かに答える。その表情は、無表情だった。 「辛いんだね。」  「そうだね。」と、又静かに答える。そして再び、地面をじっと見つめた。 「あの・・・私・・・。」  「私」その後が続かなかった。暫く沈黙が続くと、奏太朗さんがそっと話し始める。 「恋人が・・・恋人が支えてくれているんだ。お陰で壊れなくて済んだよ。」  『恋人』その言葉に、私の頭の中は、一瞬真っ白になった。だがその後、真っ赤な炎が燃え上がった。怒りだ。怒りと嫉妬の炎だ。奏太朗さんは他の誰かと、私と兄の様な事をしている。私ではない、違う誰かを愛している。炎は頭の中から体の中へと伝い、全身を燃え上がらせる。  『奏太朗さんは私のモノだ。私だけのモノだ。誰にも渡さない。』  気付けば私は、振袖の帯紐を奏太朗さんの首に巻き付け、力一杯締め付けていた。動向は開き、息は荒く、両手の拳は小刻みに震えている。藻掻く奏太朗さんを余所に、私の体中の炎は、更に燃え上がっていた。  『私だけのモノ。私だけのモノ。私だけのモノ。私だけのモノ。私だけのモノ。』  奏太朗さんの鼓動が止まり、息が止まった時、私はようやく我に返る。ふと手の力を緩めると、奏太朗さんは崩れ落ちる様に、地面に倒れた。  私はそっと、奏太朗さんの胸に耳を当てた。心臓の鼓動がしない。 「あゝ・・・奏太朗さん・・・。」  私は涙を流した。奏太朗さんを抱きしめながら、静かに涙を流した。  私の愛おしい人は死んだ。もうこの世には居ない。そう思ったが、鼓動のしない体を抱き締めていると、死んだ動物の事を思い出す。 「あゝ、そうか・・・。」  私は思い出した。死んだ動物達を、どうしたのか。そう、『蝋で固めてしまえばいい』のだ。そうすれば、再び生き返る。今度は朽ちる事無く永遠に生きるのだ。  私は奏太朗さんの死体を、いったん校舎裏の物陰に隠すと、家から荷台と毛布を持って、再び校舎裏に戻った。  荷台で家まで奏太朗さんを運ぶと、工場が終わる時間まで待つ。工場が終われば、後はいつも通り、首をナイフで切り裂き、血抜きをし、蝋で固めて形を整えればいいだけだ。簡単な事だ。私にとっては、簡単な事なのだ。  首を裂き、流れ落ちて来た血は、全て容器の中に入れた。毎日少しずつ飲む為だ。体内に奏太朗さんを取り込むのだ。  袴を脱がし、蝋のお風呂に何度も何度も浸からせる。乾かしながら形を綺麗に整える。彫刻は楽しい。ゼロから形になるからだ。その過程で驚いた事がある。死ぬと男性器は、固く立つのだ。私は喜んだ。これで奏太朗さんと一つになれる。  袴を再び着せ、部屋へと運べばそれで終わる。運の良い事に、私の部屋は一階だった。二階建ての家だが、一階は工場で、二階が住居となっている。私の部屋だけ工場と同じ一階なのは、昔から私が、よく工場が終わった後に、趣味で蝋を作っていたからだ。いつでも使いやすくと、両親が一階に部屋を作ってくれたのだ。  私は部屋へと奏太朗さんを運ぶと、クローゼットの中に入れた。中には服も着物も掛かっていたが、全て取り出し、別の場所へと移した。奏太朗さん専用の場所にしたのだ。これでいつも、奏太朗さんは傍に居る。嬉しくてたまらなかった。喜びに満ち溢れていた。 「愛しているわ、奏太朗さん。」  私は奏太朗さんに、優しく口付けをした。  家族団欒で朝食を食べていると、何だか皆の表情が沈んでいる様な気がした。対する私は、夕べの事で、心踊っている。 「どうしたの?何かあったの?」  私が尋ねると、皆顔を見合わせた。困った様子で、兄がそっと口を開く。 「実は・・・お前が成人式に行っている間、幸代さんが訪ねて来たんだ。」 「幸代さんが・・・?」  幸代、兄の元婚約者だ。 「突然の訪問ね。どうして?」  兄は困った表情を浮かべる。 「その・・・やり直したいと言って来た・・・。」 「やり直す?そもそも幸代さんとは、どうして破局になったの?あれだけ互いを想い合っていたのに。」  率直な私の質問に、兄は困った様子で頭を掻きむしる。すると、兄の変わりに父が説明をした。 「別に好きな人が出来たとか。だが結局、その人とも上手くいかず、伸介とやり直したいと申し出て来たのだよ。」 「まぁ、随分身勝手な話ね。」 「まぁ・・・。」  困る兄に、私ははっきりと言い放った。 「そんな女、又同じ事をするわ。当然断ったのでしょう?」  私の言葉に、兄は再び頭を搔きむしる。 「一応は・・・。」 「一応?」 「どうも積極的で、諦める様子が無さそうなんだ。」 「それって、付き纏われてるって事?」 「そうなるかもしれない。」  私は呆れて、大きくため息を吐いた。  幸代の性格はよく知っている。思い込んだら、とことん突っ走るタイプだ。どこか私に似ている節もある。だからよく分かる。幸代は兄を、諦める気は無いのだろう。私は正直、幸代の事を余り好いてはいない。だから余計に、今更兄に付き纏う幸代が、疎ましかった。  兄はお人好しだから、きっとはっきりと嫌いだとか、近づくなとかが言えないのだろう。ならば私が、変わりに兄を守らなければ。兄は私にとって、大切な人だ。奏太朗さんの次に、愛している人なのだから。 「次に幸代さんが訪ねて来た時は、私に教えて。私が追い払ってあげるわ。」 「うん・・・。」  弱弱しく、兄は返事をした。優柔不断な所が、兄の悪い所だ。  案の定、その日のお昼、幸代は工場を訪ねて来た。私はすぐさま幸代に近づくと、鋭い目付きで睨み付ける。 「お久しぶりね、蘭子さん。」  幸代はにこやかな笑顔で、挨拶をして来た。 「本当、お久しぶりね。今頃のこのこと現れて、一体どう言う風の吹き回しかしら?」 「えぇ・・・。私も悪い事をしたと思っているのよ。でもやっぱり、伸介さんの事が、どうしても忘れられなくて・・・。」  私は苛ついていた。まるで己を、見ているかのようだったからだ。 「そんな都合の良い話、ある訳ないでしょう。帰って下さる?そして二度と顔を見せないで。」  私は自分の言葉に、ハッと気づいた。何処かで聞いた台詞だ。そうだ、私も奏太朗さんに、同じ様な事を言われたのだ。その事に気づくと、何だか悲しい気持ちになってしまった。だが逆に言えば、幸代の気持ちを誰よりも理解出来る。だからこそ、諦めされられる事が出来るのも、私だけだ。 「兄は今、愛している人が居るの。貴女になんか、目もくれないわ。大人しく諦めて、二度と顔を見せないで。」  兄の愛している人、それは私だ。私は奏太朗さんが、他の誰かを愛していると知った時、渋々諦めた。中学三年生の頃の話だ。だが今回は、殺してしまった。幸代はどうするだろうか。少し楽しみだった。 「愛している人が?伸介さんに?・・・そう・・・。」  幸代はショックを受けた様子だった。いい気味だ。そうして傷付くがいい。兄を傷つけた様に。 「その方は、何というお名前なの?どう言った方なの?」  質問攻めをして来る幸代に、私は素っ気なく答えた。 「貴女には関係の無い事よ。」 「そう・・・。」  幸代は深々と頭を下げると、そのまま工場を去って行った。私は心の中で、笑いが止まらなかった。幸代を潰してやった。いい気味だ。  幸代は古風な人間で、昭和になった今でも、着物を着続けている。顔立ちは平凡だが、黒髪がとても綺麗な女性だ。どこか大人の魅力に溢れていて、男性にはモテるだろう。兄を裏切って、他の男に走った事も、きっとその男が幸代の魅力に憑りつかれたからだろう。兄もその一人だったから。だが久しぶりに見る幸代は、どこか痩せ、生気を感じられなかった。その男と何があったのかは知らないが、今更のこのこと現れて、都合よく兄と復縁だ何て、そんな虫のいい話は私が許さない。だが次の日も、幸代は工場を訪れた。  兄と楽しそうに話していた。何を話しているのかは、分からないが、兄が笑っている。幸代に向け、笑顔を向けている。腹正しかった。  私は部屋へと戻ると、クローゼットを開けた。中には奏太朗さんが居る。私は奏太朗さんを力強く抱き締めた。 「あゝ奏太朗さん。兄が離れて行くわ。兄までもが・・・。」  私は奏太朗さんに口付けをすると、そっとクローゼットの中からベッドの上へと運んだ。 「奏太朗さん、貴方はどうして、私を受け入れてくれなかったの?でももう大丈夫よね。だって今は、私だけの物なのだから。」  私は下着を脱ぐと、奏太朗さんの袴を脱がした。立派に立った奏太朗さんの性器。私は指を舐め、蜜の中へと指を入れると、ゆっくりと動かし湿らせた。そして蜜の中に、ゆっくり奏太朗さんの性器を忍ばせて行く。 「あゝ・・・奏太朗さん・・・。」  完全に奏太朗さんの性器が、私の蜜の中に入ると、私は激しく腰を上下に動かした。吐息が漏れる。気持ちが高鳴る。 「奏太朗さん‼奏太朗さん‼」  何度も奏太朗さんの名前を呼んだ。そして私が頂点に達する時、涙を流した。  最高の快楽だった。兄との性行為よりも、はるかに良かった。兄の性器は熱いが、奏太朗さんの性器はひんやりと冷たい。それが又良いのだ。  私は奏太朗さんをクローゼットの中戻すと、乱れた髪を整えた。そっと部屋の窓から外を覗くと、まだ兄と幸代は話をしている。兄への嫉妬が、私を欲情させたのかもしれない。だからと言って、このまま放ってはおけない。  私はいそいそと二人の元へ行くと、「楽しそうね。」と声を掛けた。二人はぎょっとした表情で、私の顔を見る。 「いや、思い出話をしていてね。」  慌てた様子で、兄が答えて来た。 「あの・・・私はこれで・・・。」  幸代は、そそくさとその場を後にしてしまう。昨日言った私の言葉が、効いている様子だ。  私は兄を、睨み付けた。 「兄さん、どうしてあんな人と楽しくお喋りをするの?」 「いや、つい昔の話に花が咲いてしまってね。すまない・・・。だが、心が奪われたりはしていないよ。もう未練は無いからね。」 「そう、それならいいけれど。」  私は再び兄を睨み付けると、強い口調で言った。 「あの女は、兄さんを裏切ったのよ。兄さんは都合よく使われているだけなのだから、気を許さないで。」 「あゝ・・・分かっているよ。」  本当に分かっているのだろうか。少し不安もあったが、今は兄の言葉を信じるしかない。  その後も何度も、幸代の姿を見かけた。兄に話し掛ける事は無かったが、遠巻きから見つめている感じだ。それすら煩わしく思え、私は何とかして兄を諦めさせられる方法は無いかと、模索した。そして、一つの結論に至った。兄と関係も持ち始めた時に抱いた感情。『兄と結婚をしてもいいと思った』と言う想いだ。この想いを実行しよう。いや、正確には、実行すると見せ掛けよう。そうする事で、幸代も諦めざる得ないであろう。  私は兄の承諾を得ようと、相談をした。 「実際に結婚をしても構わないわ。でも今は、幸代さんを追い払う事が最優先だから、両親に話す前に、幸代さんに話してしまいましょう。」  兄は暫く、その場で考え込んだ。そして頭を掻きむしり、軽くため息を吐く。 「そうだな。それしか方法は無さそうだ。俺もお前と結婚をしても構わない。だが今は、幸代さんの存在が問題だ。両親は幸代さんとの縁の復帰をどこかで願っている節がある。だが俺は、二度とあんな想いをするのはごめんだ。蘭子の言う通りにするよ。」  兄の承諾を得て、私は嬉しそうににっこりと微笑んだ。  本日も晴天なり。そして本日も、幸代の姿あり。いよいよ実行に移す時が来たと、私はにんまりと不敵な笑みを浮かべた。果たしてどの様な反応をするのだろうか。  兄はそわそわと、落ち着かない様子だ。これは私が、しっかりしなければ。  私は兄に、目で合図をすると、兄は小さく言頷いた。そして二人ゆっくりと、幸代の元へ向かう。  幸代は近づいて来る私達に、おどおどと戸惑っている様子だ。  私達は幸代の目の前に行くと、二人手を繋いだ。 「ごきげんよう、幸代さん。」  私は満遍ない笑みで挨拶をした。兄は緊張をした趣で、私の手を強く握り締めている。 「ご・・・ごきげんよう。」  幸代は戸惑った様子で、目を泳がせながら挨拶を返して来た。 「今日も来たのね。」 「ええ・・・まぁ・・・。」  幸代の視線は地面を見つめる。 「今日はね、貴女に報告があって話し掛けたの。」 「報告?」  幸代の視線は、まだ下を向いたままだ。  私はにんまりと微笑むと、嬉しそうに言い放った。 「私と兄はね、結婚する事になったの。」 「け・・・結婚⁉」  突然の報告に、幸代は驚き、目をひん剥けて私の顔を見る。 「結婚って・・・。だって、貴方達兄妹でしょう?結婚?結婚って‼」  耳を疑うかの様に、何度も『結婚』と言う言葉を繰り返す。 「貴女もご存じでしょう?私達、血が繋がっていないの。だから結婚出来るのよ。」 「まぁ・・・確かにそうだけれども・・・。一体、一体いつ頃からそんな関係に?伸介さんの愛している人って、蘭子さんの事だったの?」  信じられない様子で、幸代は兄に尋ねた。兄は幸代から視線を外しながらも、はっきりと答える。 「あゝ、そうだよ。僕は蘭子を愛している。だから結婚するんだ。」  兄にしては、上出来だ。 「そう・・・そうなのね・・・。」  幸代は堕落した様子で、肩を落とした。私の笑いは止まらない。幸代がショックを受けている。当然の報いだ。兄を裏切ったのだから、もっともっと傷付けばいい。 「そう・・・年月が過ぎている間、そんな事になっていたのね・・・。」  幸代の瞳から、大粒の涙がぼろぼろと零れ始めた。私はお構いなしに、続ける。 「そう言う事だから、もう兄に付き纏うのは止めて頂ける?迷惑よ。」  これで幸代を追い払える。だが幸代は、「そう・・・そう・・・。」と繰り返し言うばかりで、涙を流したまま、その場に立ち竦んでいた。 「聞いているの?迷惑なのよ。目障りよ。」  私はきつい言葉を、何度も幸代に浴びせた。すると幸代は、軽く会釈をすると、にっこりと笑顔を見せた。 「そう、分かったわ。」  笑顔でそう言うと、そのままその場を去って行ってしまう。私はその笑顔に、どこかぞっとする物があり、悪寒を感じた。 「はぁ・・・良かった。分かって貰えたみたいだな。」  ほっと肩を撫で下ろす兄に対し、私はどこか不安を感じている。あの笑顔は、一体何だったのだろうか。その不安は、すぐに分かる事となる。  あの日以来、幸代の姿を見る事は無かった。相変わらず私は、夜になると奏太朗さんとの営みに育んでいる。何度も、何度も。兄との関係も、相変わらず続いている。  その日の夜は、工場の仕事が早く終わった為、両親は先に住居へと引っ込んで行った。閉まった工場の中で、私と兄は一つになっていた。  台の上に私は俯せになり、後ろから兄が突いて来る。何度も、何度も。突かれる度に、私は声を露わにし、喘ぎ、涎を垂らす。興奮が絶頂に達しようとしている、そんな最中だった。突然鋭い視線を感じ、私は涙目になりながら、工場のシャッターのへと目を向けた。シャッターの下は、少し開いていた。その隙間から、二つの目玉と目が合ったのだ。 「ひっ‼」  私は思わず、声を上げた。 「どうした?」 私は慌てて、台から体を起こす。 「誰かが覗いているわ‼」 「何?」  私がシャッターの隙間を指差すと、兄は視線を指差した方へと向ける。そして兄も、「ひっ‼」と、私と同じ様に声を上げた。  私と兄は、慌てて体を離し、下着を着る。すると、シャッターがゆっくりと上がって行った。  シャッターが上がると、人影が映し出された。 「本当だったのね・・・。何て汚らわしい・・・。」  低く震えた声が、人影からする。  シルエットで誰なのか、はっきりとは分からなかったが、すぐに正体は分かった。 「さ・・・幸代さん?」  私が震えた声で呼びかけると、人影はゆっくりと工場の中へと入って来る。やがてライトに当たると、はっきりとその姿を映し出した。  夜叉の様な形相に、片手にはハンマーを持った、幸代の姿が現れる。  幸代はずっと見ていたのだ、私達の行為を。私の話が真実なのか、確認をする為に、密かに息を潜め、ずっと監視していたのだ。  幸代はハンマーを高く掲げると、私と兄に向って、鬼の形相で走り寄って来た。私達はまだ洋服を着ている最中だった為か、逃げる間もなく、がつんっと言う大きな音と共に、意識を失った。  どれくらいの時が経ったのだろうか。時間の感覚が無い。気付けば私と兄は、柱に縄で縛りつけられていた。兄はまだ意識を失ったまま、横でぐったりと首を項垂れて座っている。私は兄を起こそうと、「兄さん‼兄さん‼」と、何度も声を掛けた。  ようやく意識を取り戻した兄は、もうろうとしながらも、「蘭子?」と、私の方を見る。 「良かった、気が付いたのね。」 「あゝ・・・一体何が・・・?」  何が起きたのか理解していない兄に、私は「幸代よ。」と、そっと耳打ちをした。  兄は『幸代』と言う名を聞いて、はっと我に返り、頭からは血を流している事にも気付く。そうだ、私達は幸代に襲われたのだ。そして縛り付けられている。  目の前には、ハンマーを持った幸代の姿があった。髪は乱れ、首を傾げながら、私達を見下ろしている。私は幸代を、睨み付けた。 「何が望み?」  強い口調で言うと、幸代は可笑しそうに、けらけらと笑う。 「破滅よ。何もかも。もう伸介さんは、私の元へは戻らない。憎らしいわ。だからね、殺してあげるの。私の物にならないのならば、殺してあげるの。」  嬉しそうに言う幸代は、狂気染みていた。と同時に、まるで自分を見ているかの様だった。間違いなく幸代は、自分と同じ側の人間だ。  私は不適な笑みを浮かべた。自分と同じならば、誰よりも幸代の気持ちが分かる。理解出来る。だからこそ、勝てると、確信をしたのだ。 「ただ殺すの?」  嬉しそうに私は質問をすると、幸代も嬉しそうに答える。 「じっくりと殺してあげる。愛でる様にね。ふふ・・・その優しい眼差しは、頂いていくわ。あの人もね、私を捨てたから、殺してあげたわ。でも見つめていて欲しいから、瞳だけは頂いたの。」  幸代は兄の瞳を、近くでじっくりと見つめた。幸代はトルフィーマニアだ。兄を裏切る切っ掛けとなった男も、どうやら殺しているらしい。ならば都合が良い。 「それだけ?瞳だけ?全てが欲しいと思わないの?」  煽る様に私が言うと、幸代は、今度は私の瞳を、じっと見つめて来た。 「どう言う意味?」  食い付いた。  私はにんまりと微笑むと、隣で怯え震える兄を余所に、幸代に一つの提案をする。 「私ね、蝋人形を作るのが得意なの。秘密を教えてあげる。」 「秘密・・・?」  食い付く幸代に、私は楽しそうに奏太朗さんの話をした。 「私も愛を受け入れて貰えなかったから、殺したわ。そして死体を、蝋人形にしたの。素晴らしいわよ。常に側にいて、営みも出来る。永遠に愛し合えるのよ。」  私の発言に、兄はぎょっとした表情をする。 「お前、どう言う事だ⁉初耳だぞ‼」  驚く兄に、私はそっと耳打ちをした。 「幸代さんの気を逸らす、嘘よ。安心して、私に任せて。」  私の言葉に、兄は安堵したのか、ほっと肩を撫で下ろす。  私は幸代に、更に言った。 「貴女が望むなら、兄を蝋人形にするわ。殺しても構わないわ。」 「ふぅ~ん・・・。蘭子さん、伸介さんを愛しているのでしょう?何故私に、そんな事を言うのかしら?」  当然の疑問だ。だが私には、ちゃんとその理由を説明する台詞を、用意している。 「自分の命が惜しいからに、決まっているでしょ?私を生かしてくれるなら、協力するわ。どうせ私の事も、殺すつもりだったのでしょ?」 「まぁ・・・確かに。貴女の事も、殺すつもりだったわ。私から伸介さんを奪った、憎らしい女ですものね。」 「でも、蠟人形には興味がおありでしょう?」 「まぁ・・・。」  私と幸代のやり取りが続く。 「蠟人形にするなら、傷はなるべく少ない方がいいわ。綺麗に仕上がる。だから首を絞めて殺すのが、一番いいわ。私はそうしたわ。」 「首を・・・。」  幸代は兄の首筋を見つめると、手からハンマーを離した。ごんっと言う、重いハンマーの音が、床に響く。そして着物の袖から、ナイフを取り出した。 「それならば、首を切り裂いてあげるわ。後で縫えばいいのでしょう?」 「それでは駄目よ。縫い目があると、首筋に口付けをする時、ごつごつするわ。滑らかな肌がいいでしょ?」  すかさず言うと、幸代はそれもそうだと、ナイフを着物の袖の中に閉まった。そして帯紐を解くと、両手で帯紐を持つ。 「蘭子さんの言う通りね。首を絞めて殺しましょう。」  幸代は帯紐を、兄の首に巻き付けた。兄は恐怖からか、膝ががくがくと震えている。 「大丈夫よ、兄さん・・・。」  私は幸代に聞こえない様に、兄の耳元で囁いた。兄は震えながらも、小さく頷く。 「さようなら、伸介さん。愛しているわ。」  優しい口調で幸代は言うと、その後力強く、帯紐を引っ張った。「ぐっ‼」兄の首が絞まる。苦しそうに悶える兄の顔を、幸代は嬉しそうに口元を三日月型にし、見つめていた。幸代は夢中で、兄の首を絞めていた。  兄には申し訳ないが、暫くは苦しみを味わって貰おう。私はその隙に、幸代の着物の袖の中に手を入れ、ナイフを取り出す。手探りだったが、すぐに取り出す事が出来た。座らされていた事が、功を奏したのだろう。幸代も体を低くしていた為、着物の袖は、私の手の届く所でひらひらと舞っていた。腕は痛むが、少し無理をして上げれば、届く範囲だった。  私はナイフを手にすると、すぐさま縄を切った。縄が解けても尚、幸代は気付く様子も無く、兄の首を絞める事に夢中になっている。  このままでは本当に兄が死んでしまうので、私は幸代の左目に向けて、ナイフを思い切り振り下ろした。 「ぎゃああああああああ‼」  幸代の叫び声が響く。  ナイフは見事、幸代の左目を突き刺した。幸代は滴り落ちる血を手で覆いながら、その場に蹲る。  兄はようやく解放をされ、苦しそうにげほげほと咳き込んでいる。動けるのは、私だけだ。  私は再び、幸代に向けてナイフを振り下ろした。今度は背中だ。その次は腹、その次は胸。幸代はナイフを突き刺す度に、悶え苦しんだ。私は幸代が動かなくなるまで、何度も何度もナイフを突き刺す。やがて幸代の体が、ぴくりとも動かなくなると、そっと首元に指を当てた。鼓動がしない。完全に死んでいる。 「死んだのか?」  兄に聞かれ、私は無言で頷いた。 「死体はどうする?」 「工場内にある、焼却炉で燃やせばいいわ。私が燃やすから、兄さんは床の掃除をお願い。」 「分かった。」  工場の床は、幸代の血が広がっている。床に転がる幸代は、左目は潰れ、右目は白目を剝いていた。  私は兄と幸代の死体を荷台に積むと、そのまま一人、焼却炉へ向かった。素早く行動をした。幸代の叫び声で、いつ両親が起きて来るか分からない。  焼却炉へと着くと、電源を入れて火を付け、幸代の死体を中へと放り込んだ。扉を閉め、完全に燃えカスになるまで燃やし続ける。 「さようなら、幸代さん。」  私は幸代に別れを告げた。  幸代が完全に灰になったので、兄の様子を見に行った。どうやら兄も、床の掃除をし終えたらしい。 「大丈夫?兄さん。」  私が声を掛けると、兄は青褪めた顔で、頷いた。額からは、まだ血が流れている。ハンマーで殴られた傷口が、動いて開いたのだろう。 「手当をするわ。私の部屋に行きましょう。」 「あゝ・・・。」  兄は浮かない顔で、床に転がったハンマーを拾い上げると、そのまま私の部屋へと来た。  ベッドの上に座らせると、私は救急箱を取り出し、兄の手当をする。その間、兄は沈んだ様子だった。 「どうかしたの?」  私が尋ねると、兄は少し間を置いてから、答えて来た。 「本当に、これでよかったのだろうか・・・。」  私は可笑しそうに、くすりと小さく笑った。 「当たり前でしょ。何もしなければ、私達が殺されていたわ。正当防衛よ。」 「だが・・・説得が出来たかもしれない。」 「無駄よ。あゝ言うタイプは、殺さないと解決しないわ。それとも一生付き纏われるか、殺されるかが良かったの?」 「いや・・・。」  手当が終わると、私は兄の額に軽く口付けをした。 「兄さんは優し過ぎるのよ。これは事故よ。仕方が無かったの。」 「事故か・・・。そうだな。事故・・・。」  兄は暫く黙り込むと、私の顔をじっと見つめて来た。 「何?」  私が尋ねると、兄は「いや。」と、可笑しそうに笑った。 「しかし蘭子は凄いな。身を守る術をしっている。あんな気味の悪い嘘、よくすぐに思い付いたな。」 「気味の悪い?」 「ほら、蠟人形の話だよ。」 「あゝ・・・。」  私はそっと、兄から視線を逸らせた。 「そうだ、蘭子、着替えた方が良い。血で汚れている。その服も燃やさないとな。」  そう言って、兄はベッドから立ち上がり、クローゼットの方へと向かった。私は慌てて、兄を止めようとした。 「大丈夫よ‼自分でやるわ‼」 「遠慮するな。助けて貰ったんだからな。」  私が止める間も無く、兄はクローゼットを開けた。その瞬間、兄の体は硬直した。中に入っている、奏太朗さんを見てしまったのだ。 「蘭子・・・あの話は、作り話なんだよな?」  後退りをする兄に、私は苦笑いをしながら答えた。 「当然でしょ。これは・・・その・・・趣味で作った蠟人形よ。出来前が良かったから、中に保管していたの。」 「その割には、やけにリアルだな・・・。まるで、生きている様だ・・・。」  兄がそっと奏太朗さんに触れようとした瞬間、私は思わず叫んだ。 「奏太朗さんに触らないで‼」  私の叫び声に、兄の体はびくつき、固まる。 「奏太朗さん・・・?」 「あ・・・いや・・・蠟人形の名前よ。」  慌てて誤魔化した。兄はまじまじと、奏太朗さんの顔を見つめた。 「どこかで見た顔だ・・・。どこだったか・・・。」  私はごくりと生唾を飲み込んだ。このままでは、バレてしまう。 「もういいでしょ‼」  私は兄に歩み寄ると、兄は「ちょっと待て。」と、私の伸ばした腕を振り払った。その弾みで、兄のもう片方の腕が、奏太朗さんに当たり、奏太朗さんはクローゼットの中から床へと、倒れ込んでしまう。 「あっ‼」  兄と私の声が重なった。と同時に、床に叩き付けられた奏太朗さんの頭には、ヒビが入ってしまった。 「す・・・すまない‼」  慌てて兄が奏太朗さんの頭に手を添えると、小さな亀裂は大きくなり、ぼろぼろと蝋が剥がれ落ちて行った。その隙間から、本当の奏太朗さんの腐りかけた頭が顔を出す。 「何だ・・・?これ・・・。」  兄はベッドの上に置いてあったハンマーを手にすると、奏太朗さんの頭を、力一杯殴った。 「止めてっ‼」  私は叫んだ。だが時すでに遅し、ハンマーで砕けた蝋から、奏太朗さんの死体が剝き出しになってしまう。 「ひっ‼死体っ‼」  兄はその場で、腰を抜かした。 「奏太朗さん‼奏太朗さん‼私の奏太朗さんが‼」  私は必死に、奏太朗さんの頭を抱き締めた。 「蘭子っ‼あの話は、嘘じゃなかったんだな⁉本当だったんだな⁉お前・・・こんな物と交わっていたのか⁉」  兄は私の体を押し退けると、剥き出しになった奏太朗さんの頭を、何度もハンマーで殴り始めた。 「こんな物‼こんな物‼」  奏太朗さんの頭は、粉々に砕けて行ってしまう。 「止めてっ‼兄さん止めてー‼」  私は必死に、兄を止めようとした。だが兄の手は止まらない。頭以外の部分も、ハンマーで粉々にしてしまう。 「こんな物と交わるだなんて、何て気味が悪い‼」 「止めてって言っているでしょっ‼」  私は力一杯、兄の体を押し倒した。そして兄が持っていたハンマーを奪い、思い切り兄の頭を殴る。  その場に倒れる兄を余所に、私はぐちゃぐちゃになった奏太朗さんを、抱き締めた。 「あゝ・・・奏太朗さん。私の奏太朗さんが・・・。」  私は涙を流した。愛おしい奏太朗さんが、壊れてしまった。 「兄さんのせいよ‼私の奏太朗さんを返してっ‼」  奏太朗さんを抱き締めながら、兄に向って叫んだ。だが兄の返事は無い。「兄さん?」私は涙を流しながら、兄の顔を見た。すると兄は、頭からどくどくと血を流し、目を開いたまま、固まっている。 「兄さん?」  そっと兄の胸に、耳を当てる。鼓動がしない。無我夢中で兄の頭を殴った為、力加減が出来なかったらしい。私は、兄を、殴り殺してしまった。 「兄さんまで・・・壊れてしまった・・・。」  私はどうしようもない、絶望感に襲われた。奏太朗さんを失い、兄まで失ってしまった。独りぼっちになってしまった。だがそれは、一時の感情。私はすぐに、思い付く。 「そうだ・・・兄さんを、蝋人形にしてしまえばいいんだ・・・。」  奏太朗さんの時と同じ。次は兄を蠟人形にし、愛でればいいのだ。それだけの話だ、  私は奏太朗さんの死体を燃やすと、すぐに兄を蝋人形にした。そして再び、クローゼットの中に入れるのだ。これで兄と、永遠に愛し合える。  兄と幸代は、駆け落ちをしたと言う事になっていた。幸代は灰に、兄はクローゼットの中に居る。これからもずっと。永遠に。
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