王とサンショウウオ

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むかし、ススキの平原に、王ありけり。 王と言っても、一般的に想像されるような大それたものではない。人はもちろん、動物ですら住んでいない平原に、小さな竪穴式住居を建てて、そこに1人で住む男の話だ。誰にも邪魔をされず自由を謳歌する自分を「ススキの王」と自ら名乗ったのである。ススキの王の存在を知る者は、もちろん彼以外にはいない。 ススキの王は、ある日河原に行った。そこに大きなサンショウウオが打ち上がっていた。見たところ1m以上はあるだろう。サンショウウオ特有の皮膚のヌメリがなくなり乾燥していて、ほとんど動いていなかった。きっと水がなくなって弱っているのだろう。 これだけ大きなサンショウウオだ。きっと縁起がいいに違いない。持って帰って食べるのも忍びない。ここは王として、寛大な処置をしなければ。王はサンショウウオを両手で抱えて、川の中に戻してやった。サンショウウオは水の中を元気に動き回っていた。その様子に王は満足そうに微笑んだ。 月日は流れ、ススキの王も寿命を全うする時が来た。誰にも看取られず、1人で床に伏せていた。もうすぐ死ぬと彼自身も明確に実感している。 朦朧とする意識の中で、ふと誰かの声が聞こえる。「どうぞ、これを忘れずにお持ちください」その声と共に視界がクリアになる。ある男が跪いて、こちらに白い花を差し出している。 「この花は、ススキの平原に一本だけ咲いていた奇跡の花です。命の旅立ちに、この花をお持ちください」そう男は言った。ススキの王は何も言わずに白い花を手に取る。 「その花を黄泉の国にお持ちになれば、来世は本物の王として生まれ変わることができましょう」と男はこちらに顔を上げる。その顔は人間ではない。いつの日か助けたオオサンショウウオだった。 ありがとう、また会おうと蚊のような声を発して、ススキの王はその場から去る。目の前にはどこまでも続く上り階段が現れる。その階段に右足をかけた瞬間、ススキの王は死んだ。 ススキの王は数百年後、日本全体を統一する王として生まれ変わる。その手には白い花がしっかりと抱かれている。
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