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「大変お待たせしましたあ。にぼしラーメンのお客様……」
タイミングが悪過ぎる。僕の前には手切れ金という生々しい金が存在しているのに、こんな時にラーメンがくるなんて…。そんな最悪のタイミングにも怖気付かない真希の母は、僕を貫くように見つめている。
真希が小さな声で、適当に置いていって下さい。と言うと店員は怪訝な顔で、ラーメンを置いていった。
ばちばち、窓を叩きつける雨粒が大きくなった気がする。久しぶりのあたたかい食事が出てきたのに、気分は刑務所の中より憂鬱だ。
「…後々、娘のせいで人生を無駄にした、なんてことを思って欲しくないのよ。あなたのためでもあるの」
真希は嘘をついていた。真希の母親は真実を話す人だ。僕は既に選択を誤ったのだと実感している。
純粋も突き詰めれば狂気になる。
その純粋さで、真希を襲おうとした男はもう既にこの世にはいない。真希が殺した。
愛ゆえに真希の罪を被った僕は、狂人らしい。彼女の人生を背負ったおかげで、彼女の負担になっているらしい。
真実の愛がわからない。
刑務所の中で読んだ希望溢れる本は、なんだったんだろう。
嘘をつくことでしか、僕には真希を守れる術がなかった。
ただの経験不足なのだろうか。
「わかりました。僕も真希ちゃんにもう愛はないので、この不毛な関係性が終わらせられるのはとても有難いです」
ウソをついた。
証言台で話したどんな嘘よりも自分を傷付ける嘘だった。心臓が激しく脈を打つ。こんな嘘でさえ、心臓が飛び出してしまいそうになるほどの小心者な僕だ。
「真希、帰るわよ。
黒澤さん、こちらは受け取ってちょうだい。なにかあればこちらに連絡を。私がそれなりの援助をさせていただきます。……娘の幸せを願うなら、もう二度と近寄らないで」
娘を守るために母親は僕を遠避ける。すべて、真希という人間を大切に思うからこそだ。
僕の愛と母親の愛が正面衝突している。
「ありがとうございます」
僕のついた嘘は、僕という嘘つきに残されたのは、取り返しのつかない人生と、乱暴に渡された札束。
真希と真希の母がいなくなったボックス席で、ラーメンがふたつ置き去りにされている。食べる気が起きないそれは徐々に湯気がおさまり、麺は伸びていく。
嘘には種類がある。
今後どんな嘘も、僕は使わない。
結局、それが、人生のまさかを作り出すと身をもって知ってしまったから。
雨が僕の代わりに泣いてくれている。それだけが救いだった。
了
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