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いくつかの家事をしたところで義直さんに呼ばれる。
縁側に来るようにと言われて向かうと、少し広い台の様なものが置いてある。
腕を広げたより少しだけ長い大きさの板が間に渡されている机の様なものの上には大きな紙が一枚綺麗におさまっている。
義直さんはその左側に座っていて、私が来ると振り返って右側に座る様にと言われる。
私と義直さんの丁度間の紙の上に硯を置かれる。
それから義直さんは私の前に左手をのばして筆を一本置いた。
「あなたと話をしたいとおもいまして」
義直さんは私に向かって笑顔を浮かべる。
「幸い俺も、こちらの方が得意なんですよ」
左手は利き腕ではなかったと聞いている。
事実、箸を持つ手はおぼつかないように見えた。
けれど、左手で筆を持つ手はそれよりもずっと、滑らかに動いていく。
美しい文字が文章になって紙に浮かぶ。
文字を書く義直さんの手は美しい。
少し、節が際立っている男の人らしい手。
『何か困っていることはありませんか』
義直さんはそんな事を書いた。
『いえ、節子さんも優しいですし、旦那様も』
そこまで書いたところで、旦那様とお呼びしていいのかが分からなくなってしまいました。
義直さんは不思議そうに私の顔を見て、それから少しだけ眉を動かす。
『俺との結婚を望んでいらっしゃらないのですか』
慌てて、首を横に振ります。
『義直さんには、もっと良い女性が選べるんじゃないですか』
私の素直な気持ちだった。
腕を失ったとはいえ、まだ左手に言霊は宿る。
能力のある男の人だ。
そして、我が家と縁を結べる家系の人でもある。
何も私を選ばなくても、もっと幸せになれる人なのではないかと思ってしまう。
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