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『声は生まれたときから出ないのですか』
義直さんが話を変えたのは分かった。
だから、これも多分質問なのでしょう。
父からの手紙にそのことは書かれていなかったのかもしれません。
『八歳のときまでは普通に声は出ていました。
でも、私の声は言霊にはありませんでした。』
声が出ていても出ていなくても、私の価値が無いことには変わらない。
『声が出なくなったことにきっかけはあったのですか』
義直さんがたずねる。
『なにも覚えていないんです』
いつ、声が出なくなったかは覚えている。
だけどその日何があったのか、何一つ覚えていなかった。
その日、誰といたのか、どうして声が出なくなってしまったのか。私にはなにも分かりませんでした。
『俺が手を失ったのは』
そこまで義直さんが筆を走らせた瞬間、ドキリとしました。
聞いてはいけない事、見てはいけないものを見てしまっている様な気分になって息がつまりました。
『多分同業者の仕業なんですよ』
けれど、義直さんの左手は相変わらず軽やかに文字を紡いでいく。
まるで、当たり前の日常を綴る様に、文章が書かれていってしまう。
『声が使える人達はそんな回りくどい真似はしません。
耳にさえ届けば呪い殺せる人間だっているんだ。そんな事をする必要はない』
義直さんが私に向かって笑いかける。
それは苦しみを耐える様な酷くいびつな笑みでした。
『俺の手を切り落としたのは、俺と同じ文字を書く人間だ』
自分は臆病者だから、文字に力を与えられる人間と暮らすことはできない。
そう言葉で義直さんは付け加えました。
言霊使いの家系がそれ以外と婚姻するのはとても珍しい事だと私でも知っています。
だから、義直さんは言霊使いの家系の中で文字に力を与える家系以外との縁談を望んだのでしょう。
『祝言をあげたかったですか』
義直さんがそう書きつけました。
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