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その時の義直さんの顔を見て、私だから祝言も挙げないで夫婦になる訳じゃない事がようやく理解出来ました。
義直さんは今、言霊使いと顔を合わせたくないのでしょう。
誰かに恨まれるのは恐ろしいことです。呪われる位、恨まれているか疎まれているか、私には分からないけれど義直さんがそういう状況なのだと知ってしまった。
祝いの言霊を受けて夫婦の絆を確かなものにするのが、祝言の習わしです。
でも、この人が受けてしまうかもしれない呪いの言葉を考えると、意味のない事に思えました。
そっと、義直さんの無くなってしまった腕に手をのばします。
それからその腕を撫でました。
義直さんは一瞬体を固くしましたがすぐに、肩の力を抜いた様でした。
義直さんの腕の先を、何度も何度もさすります。
ぽろぽろと涙が溢れてしまいました。
義直さんの境遇が悲しくて、寂しくて、涙が滲んでしまいました。
『旦那様』
言葉にはやっぱりできなかったけれど、唇はその形に動きました。
その後の言葉は上手く形を作れず唇が戦慄いただけでしたが、義直さんには、私の言葉が伝わった様でした。
ことりと、義直さんの左手が筆を置く音が聞こえました。
それから、気が付くと義直さんに強く、強く抱きしめられていました。
背中に回された左手が着物越しにも熱い気がします。
「……あなたの命も狙われる可能性があるって、分かっていますか?」
義直さんは私を抱きしめたままそう言いました。
ああ、この人はやっぱり優しい人なのだと思いました。
私の事をただ心配してくれている人なのだとそう思いました。
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