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はらり、はらりと涙がこぼれ落ちます。
優しいこの人のための涙が頬を伝って落ちていく。
要らないものとして生きていく辛さを私は知っています。
けれど、この人の抱えている“要らないもの”としての辛さは私が抱えているものとは別の種類のものです。
私は彼の事を撫でる手を放して、再び筆を執りました。
『あなたと共に生きて、共に死ぬことを許してくださるんですか』
夫婦というものがどんなものなのか、私にはよく分かりません。
しかもつい先日まで、私には別の婚約者がいて、その人と一生添い遂げると思っていました。
そんな私だけれど、昨日からこの人の優しさに触れて、そう思いました。
それは、憧れにも懐かしさにも似た、涙が止まらないようなそんな気持ちでした。
義直さんが息を吐きだす音が聞こえました。
その音は少しだけ震えているみたいに聞えました。
「俺のできる限りであなたの事は守ります」
もう一度義直さんに抱きしめられました。
多分この瞬間私と義直さんは夫婦になったんだと思います。
義直さんの左手が私の髪の毛を撫でる。
泣いてしまった所為で自分の体が熱い気がする。
「綾さん……」
何度も名前を呼ばれてそのたびに、私も伸ばした腕で彼の背中を撫でて答えます。
ずっと、ずっとこうしていたい様なそんな気持ちになりました。
どの位、そうしていたのでしょう。
節子さんに声をかけられて慌てて義直さんから離れます。
「新婚さんなんですから、私の事はお気になさらずに」
そう言われましたが、恥ずかしくて義直さんから少しだけ距離を置いて座り直します。
そっと見た義直さんは少し赤い顔で視線をそらしていました。
ふふふ、と嬉しそうに節子さんが笑います。
幸せという言葉が自然と頭に浮かびました。
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