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嫁ぐ日
私達の結婚式は執り行わない事が元々決まっていました。
私が言葉を話せない所為だと思っていましたが、父は歯切れが悪い様子で口ごもっていました。
こんな父は珍しい。
後でこっそり妹夫婦にに教わったところによると、私の嫁ぎ先の方には少々いわくがあるらしい。
怖い人なのだろうか。
柚子の手のひらに『こわい』という言葉を指でなぞる。
柚子は首をふって、それから正さんと二人で「そういうんじゃないの」と言いました。
「そういうんじゃないんだ。
ただ、大きな怪我をして療養中の身だとだけ聞いているよ」
婿入りをした正さんが私を見下ろす。
「元々、腕のいい言霊使いだったという話よ。
でも怪我で、再起不能とまではいかないけれど……」
言いよどむ妹をみて、色々なことに納得がいきました。
家同士の結びつき。
残り物同士の助け合い。
それから、お互いの家の体面を保つため。腕のいい言霊使いだったのであれば、その後の生活も保障されていたのかもしれません。
私の家は、私を切り捨てたのだと思いました。
けれど、言霊使いはそれ以外の人に比べて早世しやすい。
言霊使いの血を後世に残さねばならないつとめなのもちゃんと分かっている。
相手も、私があまりものなことを知っているのだろうか?
私をみてがっかりとするかもしれない。
◆
荷物は風呂敷包み2つ分と、少ない嫁入り道具だけ。
それでも見送りは父が玄関までしてくれた。
「この手紙を先方に渡すように」
渡された手紙には、何が書かれているのだろう。
欠格品の娘を渡すことへの詫びだろうか。
なんにせよ、私にはそれを聞ける言葉は無い。
父からの手紙を受け取って、深々と頭を下げる。
父は無言で私の事を見下ろしているだけだった。
手紙を懐にしまう。
それから一人、嫁ぎ先へ向かいました。
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