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旦那様
戸田のお屋敷は郊外にありました。
別邸だと聞いていた屋敷はそれでもとても大きいように見える。
少なくともお一人で暮らしているとは思えない大きなお屋敷でした。
けれど、黒い瓦と板壁は周りの風景とよく溶け合っていて、とても綺麗に見えた。
門をくぐって扉を二度叩く。
ガタガタと家の中から音がして、引き戸が開く。
中から見下ろされる視線は随分と高い位置からで、彼の身長が高い事に気が付く。
黒髪がはらりと動くのが見えた。
切れ長の目と視線が合った。
本来きちんと挨拶をすべきなのは分かっているけれど相変わらず声は出ません。
深々とお辞儀をすると、この家の主、私の旦那様になる人がふうとため息をついた。
思わず、ギクリと固まってしまう。
どうしていいか分からず、オロオロとしてから父から預かった手紙を差し出す。
それをちらりと見た彼は私の視線に気が付いて紙を広げた。
視線が手紙に書かれた文字を追っているのを眺めてから少しだけ時間が過ぎた。
「君は、自分が能力に目覚めなかったことに負い目があるのか……」
私に聞いているようでどこか自嘲を含む音に聞こえた。
くつくつと咽喉の奥で彼が笑いました。
それは笑っているのにどこか辛そうなもので、私は思わず手を彼に伸ばしました。
のばした手を彼の左手が掴みます。
その手はそのまま彼の右腕に引っ張られました。
彼の着物がふわりと揺れて、そこにあると思っていた右腕が無い事に気が付きました。
そのまま、彼の肘のあたりに残っている上腕を撫でる様に、彼は自分の左手ごと私の手のひらをこすりつけた。
そうしながら、いびつに笑うその人はまるで痛みに耐えているように見えました。
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