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午後にうずく熱情
午後はグループでのラリー・レッスンだった。
広いコートの中にコーチは玲子一人である。
四人のグループが四つ、三人のグループが一つ作られた。その一つ一つのグループを玲子が順に見て回る。
「杉本さんは絵画のほうに行ったのかしらね、午後からは」
「そう言ってましたね」
里保子のグループは皆主婦だった。四十代半ばの女の独り言のような声に、二十代後半の若い女が相槌を打つ。玲子は彼女たちの三つ前のグループの、その中心でラケットの振り方を見せていた。
「多彩よね、旦那にも見習ってほしいわ。うちはゴルフばっかりなの」
「ゴルフって良いですね。貴族の趣味という感じがする」
「うん、でも高いわねやっぱり。自分のお小遣いから引いてるみたいだから良いけども。筒路さんとこの旦那はどう?」
二人の視線が同時に里保子を向いた。ラケットの網に指を通していた里保子が顔を上げる。
「え?」
「旦那さん。何かされてるの」
肉に少し埋もれた小さな目が瞬時、里保子の体を上から下へ滑るように動いた。若い主婦は彼女の黒髪が華奢な肩にかかるのをじっと見つめる。
「くくらないんですか、それ」
「ゴムを持ってなくて」
「ね、綺麗な髪ね。で旦那は何かやってる?」
「趣味ですか。どうなんだろう。聞いたことないかも」
「あはははは」
弾けるような笑い声に、里保子も合わせて笑んだ。
一番若い女は三人の中で里保子の微笑があまりに目立つことを敏感に察知して、誰に見せるでもない自分の笑みをすぐに仕舞う。
「お綺麗ね、ほんと筒路さんて。何かしてるの」
「私ですか。テニスだけちょっと」
「テニスは知ってるわよ。美容の話よ」
「愛じゃないですか。旦那さんと仲良いんですよ、たぶん」
「趣味を知らない旦那と。ほんとう里保子さん?やっぱり仲いいの?」
里保子は相槌と笑顔を会話の端に浮かべたまま、視線を少し横に滑らせた。隣のコートで生徒の腕を支え、ラケットの素振りを説明する玲子をぼんやりと見る。
半袖の腕に昼の強い日差しが当たるのを気にしないのに、浅く小麦色に焼けるだけの肌。長い手脚はラケットを振る動きに筋肉を強張らせる。
里保子は今すぐあの短いボトムの裾から右手を差し入れられたらどれほど良いだろうかと思った。辿り着いた薄い布に触れたい。それから、指の腹で……
「筒路さん。おーい大丈夫?」
気が付けば会話の雨は止んでいた。二人の主婦が不思議そうな顔で里保子を見つめていた。
「あ、大丈夫です。すみません」
「暑いよね。慣れてなさそうだものね」
たしかに暑かった。
額に滲む汗がテニスキャップの生地と溶け合う気がして不快だった。里保子は細い指先でその雫を払う。若い女は里保子の一挙一動を盗み見てずっと目を離さない。
「お肌も白い。何使われてるんですか?」
「日焼け止めの良いのを加藤さんに教えてもらって」
「ええ、なあにそれ。あとで見せてほしい」
新参者への質問が再開する。
喉を圧すような昂りを耐えながら、里保子は笑顔を添えてそれに答えた。
体が激しく脈を打つのを感じていた。
奥深い場所に溜まった熱が、しきりに玲子のあの若い体と、つややかに濡れるあの唇を求めていた。
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