6.手加減なんてしないよね

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「やっほー、いずみん。元気ー?」 「元気ではないね」 「白衣脱いだら?」 「僕のアイデンティティをこれ以上捨てるわけにはいかない」 「コンタクトだもんね」 茜の言った通りじゃんか。 とは言ったもののやはり暑いようで、袖を肘のあたりまで(まく)っている。インドアのくせに割と筋肉がついていて、それを見たチワワがまた悲鳴。今日何回悲鳴あげてんだろう。喉枯れそう。 「俺は別に暑かねぇからな、そいつと違って」 「あ、冷えピタ」 「ッおい五色琥珀!バラすんじゃねぇ!」 「いやこれはバラされて然るべきだよね。それとも剥がそうか?」 「そしたら暑いだろうが」 「……えい」 琥珀に気を取られている隙に、葵がぺりっと冷えピタを剥がした。瀬尾先生が、ムンクの叫びみたいな顔になる。 「諦めて脱ぎません?」 「………………式部が言うと、エロいな」 「せいっ☆」 「ぐはっ、いってぇな何すんだよクソ日向!」 真面目な顔でセクハラしよったこいつ。そして日向先生、容赦のない回し蹴り。瀬尾先生の背中にクリーンヒットした。やるな。 そのまま首根っこを掴み、「邪魔したね」と引き摺りながら笑顔で手を振る。大の大人を軽々と…あんまり甘く見ない方が良いかな。 「…嵐みたいな人たちだね」 「それは同感です」 一歩引いたところで眺めていた翠が言った。まったく、何しに来たんだあの大人たちは。 「ーーあ、始まるよ」 誰が言ったのか、その言葉を合図に騒がしかった応援席が静まっていく。 自らを率いるトップの勇姿を、見逃すまいと。 その中央に、凛と佇む茜と叶恵さん。 いつもの啀み合いはどこへやら、静謐な視線で、敬意すら持って互いを見る。 ドォン、と腹の底に響く大太鼓で前に進み出て、同時に一礼。 応援合戦、と名はつくものの、その本質は術師社会に脈々と受け継がれる伝統的な舞である。 互いの健闘を祈り、讃えるための舞。 特別な衣装をまとい、普段からは想像できないほどに繊細で、儚く、力強く舞う。 別人のような主を、俺はただ、黙って見つめていた。
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