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「叶恵」
「叶恵さん!ヘルプ!」
「ほら、手、離しなさい。……あーあ、せっかく綺麗に結んであったのにねぇ」
茜の手首をガシッと掴み、力尽くで引き剥がす叶恵さん。強いな。
ぼさぼさになった俺の頭を見て、はーっと深いため息。え、そんなに酷いんですか?
「女の髪は命なのよ?汚い手で触っていいもんじゃないの」
「あの、私は男ですが」
「知らねぇ、そいつが先にデコピンしてきやがった」
「餓鬼か」
「ああ?」
「あの、往来で睨み合うのやめてくれます?」
「表出ろ…って言いたいとこだけど、今はコレを直すのが先決ね。彩ちゃん、次のリレー、出場するのかしら」
「あ、はい」
「走順は?」
「三番です」
「じゃあ時間あるわね。ちょっとこっちに来なさい」
手を引かれるまま、ついて行こうとすると茜が反対の手を掴む。
「…どこ連れてく気だ」
「髪の毛結び直すのよ。アンタはどっか行ってなさい」
しっしっと犬を追い払うような仕草。茜が不機嫌そうに舌打ちした。
「………俺も行く」
「えなんで?」
思わず素で訊いてしまった。叶恵さんが後ろで吹き出した。
茜は今度はバツが悪そうに頰を掻く。
「…叶恵の野郎にお前を預けられるかよ」
「あなたは叶恵さんを何だと思ってるんですか??」
「クソ野郎」
バコッと鈍い音。
「ッ、いった…」
叶恵さん、割と本気で殴ったな。めちゃくちゃ痛そうに茜が頭を押さえてる。通りかかった生徒(多分茜ファン)が二度見したが、叶恵さんのひと睨みで逃げて行った。
「まったく、“待て”も出来ないのかしら。アタシがこの子に手ェ出す訳無いじゃない」
圭が居るんだし、という心の声が容易に聞こえる。言外に惚気るの、やめてもらえますかね。
結局茜は諦めたらしく、不満そうに「…何かされそうになったら躊躇わず殴れよ」と俺に囁いて去っていった。お前、叶恵さんを狼か何かだと思ってないか?
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