正しい余暇の過ごし方

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正しい余暇の過ごし方

 それほど遠くない、昔のお話です。  とあるとても大きな川を取り囲むように広がる平野に、それなりに栄えていた王国がありました。川の中州は大変大きな島で、そこに国王のお城があり、お城を中心にして、東西南北それぞれの方角に四つの平民の町がありました。  最初は人間しか住んでいなかったのですが、国が栄えるにしたがって、遠い異郷の地から様々な種族が移り住んで来て、人間と仲良く暮らし始めました。  たとえば、森の国からは、エルフ族という、姿は人間にそっくりですが、尖った耳と美しい体つきの妖精の末裔たちがやって来ました。岩山ばかりの辺境からは、ドワーフ族という小人の種族が移り住んで来ました。  エルフ族は美しい容姿と、音楽や演劇などの芸術の才能を活かして、生活の糧を得ていました。ドワーフ族はとても小さいのに人間よりはるかに力が強く、建物を建てたり修理したりといった力仕事で人間たちから重宝されていました。  ある時異国からやって来た錬金術師が、不思議な水晶を町で売り始め、たちまち大人気になりました。掌に乗るほどの大きさの四角い板のような水晶で、伝説の騎士が大魔王を征伐する旅の物語を、魔法の力で誰でも、まるで自分自身が体験しているかのように、見る事が出来るのです。  その王国の若者だけでなく、大人たちもたちまちその水晶の板に夢中になりました。ですが、ある所までお話が進むと、その先を見たければ錬金術師のギルドにお金を払って追加の魔法をかけてもらわなければいけない事が分かりました。  かけてもらう追加の魔法のレベルによって払うお金の額も違っていて、たくさんお金を払えば物語はもっと面白くなったのです。  お城の北の町では、若者たちはすぐにその水晶の板に飽きてしまいました。と言うのも、北の町には大きな図書館があり、歴代の国王様が王国内はもちろん、遠い異国からも運ばせた書物がたくさんありました。  一生かかっても全部読み切れるかどうか、という程のたくさんの本を読む楽しみを知っていた北の町の人たちは、魔法の水晶の板をそこそこ楽しみはしましたが、我を忘れて熱中するほどではなかったのです。  お城の東の町でも、若者たちは魔法の水晶の板に、やはり熱中するほどではありませんでした。東の町には王国の騎士団の訓練場があり、騎士団長様は武芸以外の、弾む球を使った競技などを、普通の平民にも教えて、体を鍛えるように勧めていたのです。  お城の南の町でも若者たちは、それほど魔法の水晶の板に熱中はしませんでした。南の町には劇場や音楽を大勢の人に聞かせる建物が、大小たくさんありました。  エルフ族が披露する素晴らしい演劇や音楽を七日に一度の安息日に家族そろって楽しむ事を習慣にしていた町の人たちは、水晶の板はたまに暇つぶしにという程度で使っていました。  お城の西の町では、若者たちがそれこそ朝から晩まで、魔法の水晶の板に夢中になってしまいました。西の町には、人々が住む家と、ところどころに小さな商店や酒場があるだけで、これといって変わった建物や施設がなかったのです。  西の町では若者だけでなく、大人たちも、他に楽しみがないので、魔法の水晶の板にどんどん熱中していき、追加の魔法をかけてもらうために錬金術師のギルドを訪れる回数も日増しに増えていきました。  ついには西の町の人たちは老いも若きもみんなが、その日の稼ぎを生活に最低必要な分以外は、水晶の板にかけてもらう追加の魔法に注ぎ込んでしまうようになりました。  魔法の水晶の板が人気になる前は、西の町の人たちも、北の町の図書館、東の町の運動場、南の町の劇場や音楽小屋へ行っていたのですが、誰もそんな所へ行かなくなってしまいました。  水晶の板に熱中していた事もありますが、図書館も運動場も劇場も、当然ただでは入れません。お金を払わなければ利用できません。水晶の板にかけてもらう追加の魔法に有り金をつぎ込んでいた西の町の人たちには、そんなお金がなかったのです。  さて、魔法の水晶の板に夢中になっていた西の町の人たちではありますが、安息日にまでそれしかする事がないという毎日には、さすがに面白みを感じなくなりました。  だからと言って、錬金術師のギルドに稼いだお金の大半を払っているので、北の町や東の町や南の町の人たちのように、お金がかかる楽しみを味わう事もできません。  西の町の人たちが、そんなもやもやとした苛立ちを募らせていた、ちょうどその頃です。仕事にあぶれていた西の町の若者の一団が、仕事の斡旋屋の事務所で、仕事をあいつらに取られたと言って、ドワーフ族と口げんかになりました。  それは力仕事で、ドワーフ族の方が向いているので、彼らが仕事を任されただけだったのですが、腹の虫がおさまらない西の町の若者たちはさらに多くの仲間を集めて、ドワーフ族が働いている現場へ押しかけ、集団でドワーフ族に罵倒の言葉を投げつけました。 「このチビどもが! ここは人間の国だぞ! 醜い小人どもは岩山の世界へ帰れ!」  ドワーフ族は我慢強い種族なので、日暮れまで絶え間なく続いた西の町の若者たちの罵声に黙って耐えて働き続けました。  西の町に戻ってきたその若者たちは酒場で安物のワインを飲みながら、こう言い合いました。 「いやあ、なんか、気分がすっとしねえか? あの醜いドワーフどもに、ズバッと言ってやったぜい!」 「ああ、俺も、俺も。これって意外と気分よくならねえ?」  その日以来、西の町の若者たちは、ドワーフ族の仕事場へ毎日押しかけては「俺たちの国から出て行け! 自分の国へ帰れ!」と何時間もわめき散らすようになりました。  その様子を見ていた西の町の娘たちは、エルフ族の子どもたちが演劇や音楽を習っている学校に集まり、建物の外から同じ様に「エルフは出て行け! 自分の国に帰れ!」と罵声を浴びせるようになりました。  エルフ族は、特に女のエルフは、とても美しく王国のどこでも人気が高かったので、内心妬ましく思っていたのです。  夜西の町に戻ってきた男女の若者たちが、ドワーフやエルフに罵声を浴びせるのがどれほど面白かったかを、大笑いしながら話しているのを聞いて、ついに大人、老人といっていい年の人たちまでが、その罵声を浴びせに行く集団に仲間入りしました。  最初は西の町の中だけでしたが、次第に北、東、南の町まで出向くようになり、あちこちでドワーフ族とエルフ族に向かって「出て行け! おまえたちの国に帰れ!」とわめき散らす事を、毎日のように繰り返しました。  西の町の人たちにとっては、それはとても良い娯楽になりました。何故なら、ドワーフやエルフに罵声を浴びせるだけなら、お金が一切かからないからです。それでいて、日頃のうっぷんが簡単に晴らせるのですから、普段は安心して魔法の水晶の板での遊びに有り金をつぎ込めます。  それから程なくして、山脈の向こうから聞いたこともない帝国の大軍勢が襲って来ました。はるか遠い地で新しく勢力を拡大した騎馬民族の帝国が、各地の王国を征服していたのです。そして、ついにその大きな川のほとりに広がる王国にまで攻め込んで来たのでした。  王国の騎士団はあっけなく蹴散らされ、国王一家は国を捨てて逃げて行ってしまいました。王国の領地は、その新しい帝国の支配下に置かれました。  その皇帝が、占領した王国を今後どう扱うか決めるために、その地を訪れました。皇帝は野蛮な蛮族の出身で、最初は王国中の民を皆殺しにし、国中の建物を破壊して一面の牧場にするつもりでした。  ですが、皇帝の一番の側近である将軍は大変賢い方で、王国の民を生かしておいて税金を払わせた方が得だと、皇帝に進言しました。その帝国は急激に大きくなったため学問や文化などはひどく遅れていて、皇帝は王国の町の様子を見てから結論を下す事にしました。  皇帝は大勢のお供を連れて、まず北の町を訪れました。町に大小たくさんの図書館がある事に、まず驚いた皇帝は、町の住民を呼んでいろいろと話を聞きました。町の平民ですら、大変に物知りである事に気づいた皇帝は、北の町はそのまま残すようにと、将軍に命じました。  次に皇帝は東の町へ行きました。町の人たちを呼んで話を聞き、弾む球を使った競技というのを、目の前でやらせてみました。それがどれも非常に面白かったので、皇帝は東の町もそのまま残すようにと、将軍に命じました。  それから皇帝は南の町へ行きました。立派な劇場の建物に感心し、素晴らしく洗練された音楽の披露に皇帝は心を奪われました。皇帝は南の町もそのまま残すようにと、将軍に命じました。  最後に皇帝は西の町へ行きました。西の町の人たちに、この町の自慢は何かと尋ねましたが、誰もこれといった物を答えられませんでした。何か特技はないのか、と皇帝が尋ねました。西の街の人たちは、一斉にあの魔法の水晶の板を見せて、これなら得意中の得意ですと答えました。  視察を終えて、元王国の宮廷だった城に入った皇帝に、王国のドワーフ族とエルフ族の代表者が嘆願に来ました。皇帝が属する騎馬民族は、昔はもっと豊かな異民族に支配されていて、常に「野蛮人! 元の場所へ帰れ!」と罵られていました。  数日後、北の町と東の町と南の町には、帝国に忠誠を誓うなら、以前と同じ暮らしを保証するという皇帝のお言葉が伝えられました。  西の町は、皇帝の直々の許可を得たドワーフ族とエルフ族によって、一面焼け野原にされたそうです。
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