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「そもそも、俺はあんまり友達と呼べる人間がいない」
「悲しいこと言うなよ、まだ分からないだろ」
「そのうえ、いつも話すような相手はお前くらいしかいない」
「いや、そうかもしれないけど……ここ数日は全然話してなかったし」
「その子は、青いオーバーオールを着た黄色いキャラクターが好きで、UFOキャッチャーでそれを一生懸命取ろうとしてた。その姿が可愛かったから、喜ばせようと思ってそのキャラクターのキーホルダーをゲットして渡したんだ。今、園田のリュックについてるのとまったく同じものを」
「それは……ゲーセンにあるから、たまたま同じのをつけてただけじゃない?」
「それに、記憶の中にあるその子のうちに行ってみた。そしたら、ここにたどり着いた」
「記憶力すげえな! 結構駅からあるし特徴的な目印もないし道も細くて大変じゃなかった? っていうか、本当に合ってると思う? 記憶の中とやらのその子の家の住所がここだって」
「ずいぶん食い下がるな」
宇田川は凶悪な笑みを浮かべた。段々、自分が追いつめられている犯人のように思えてくる。
「たしか、お前には兄がいるんだよな」
「いるけど」
「妹は?」
「いないよ」
「そして、彼女もいない」
「悪いかよ。彼女がいなくたって充実した時間を過ごしてるから気にすんな」
「まったく女っ気がないな」
「うるさいな」
「単なる前提条件の確認だ。本題はこれ」
宇田川は立ち上がった。一直線に部屋の隅に向かい、そこに置いてあった段ボール箱を開ける。そして、中に入っていたものを無造作に一つ摘み上げた。
「これは、いったい何だ?」
福見ちゃんに選んでもらった『ツカサちゃん』の勝負服のブラウスです。
「それは……」
「俺の記憶の中では、その子はこの服を着ていた。それとまったく同じものが、どうしてこの部屋にあるんだ。それは、お前が俺の記憶の中の人物と同一だからに他ならない」
「……でも、重大な点があるだろ。俺とその子の決定的な違い」
「不可能を消去して、最後に残ったものが如何に奇妙なことであっても、それが真実となる」
「シャーロックホームズの決め台詞まで持ち出すなよ」
「多分、俺は違う世界線に移動したんだろう。お前の性別が違っている世界線に。大丈夫、そういうジャンルも履修済みだから大体把握した」
「なんだよ、ジャンルって」
「それに、映画の話で盛り上がったとき、間違いないって確信した」
「俺は、園田ツカサが好きだ」
「何言ってんだよ……ちょっと疲れてるんじゃない?」
「俺がたわごとを話してると思ったらそう言ってくれればいい。そしたらもうこの話はしない」
「そんなの……」
「俺は全部さらけ出したぞ。後はただただお前の返事を待つだけだ」
「……夢と現実をごっちゃにするなよ」
俺の口から出た言葉はそのまま俺に返ってくる。そうだ、所詮夢は夢だ。宇田川の彼女になんてこれからもなることはない。ただの友達として大学生活を過ごして、そのあとはたまに連絡を取り合うような関係になって、でも段々頻度が減っていって、ふと思い出すことはあってももう合わないような間柄になるんだ。つかの間の夢だ。あきらめろ、金輪際忘れるんだ。
それなのに、喉を振り絞って出てきた言葉ときたら。
「……だって、男の俺にも同じことできるか?」
震える声で出てきたそんな未練たらたらな言葉。こんなの、もう認めたも同然じゃないか。
夢だと思ってあきらめなくてもいいの? 希望を持っててもいいの? ありのままの俺を、見てくれる?
情けない俺の問いの答えは、天使の羽のように優しいキスで証明された。
(完)
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