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クリスマス前
「クリスマス直前にフラれるとかマジで受けるんだけど……一体何やらかしたんだよお前、詳しく聞かせろよ」
質問しながらニヤニヤが止まらない。問われた相手は煙たそうに手を振って
「別に何もしてねえよ」
「何もしてないのにフラれる? っていうか、付き合い始めて3ヶ月位しか経ってなくない?」
「まぁ、それくらいだな。俺にしては長くもったほうだ」
「ドラマのワンクール未満じゃん……未練はないの?」
「ない」
「うっわ即答。怖えわイケメン……すぐに次が見つかると思ってさあ」
安いチェーン店の居酒屋でグダグダとくだを巻く、金のない大学生の至福のひととき。出入り口近くの席は、人の出入りがあるたびに冷たい風が全身を包み体が震える。コートを脱ぐタイミングが一向にこないまま、安いハイボールをぐいぐい飲んで内側から温める。
国民的アイドルグループが歌うクリスマスソングをかき消すほど騒がしい店内で、俺たちは周りの音に負けじと声を張り上げた。酔っ払いは声がでかくなりがちだ。
非難された張本人は煙たそうに顔をしかめて
「そもそも、言いがかりつけてきたのは向こうだぞ。課題が忙しくてちょっと連絡返さなかっただけで浮気だなんだって騒ぐから、そんなに信じられないなら別れよう、ってなっただけだっての」
「課題? ああ、11月末締め切りのやつな。確かにちょっと忙しかったけど……じゃあそう言えばよかったじゃん」
「いい。面倒くさい」
肩をすくめてハイボールを喉に流し込む宇田川。俺の苛立ちレベルが一気に2段階アップした。いや、まだキレるのは早い。相手が5分に1回連絡をよこしてくるような病的なタイプだったかもしれないし。
「ちなみに連絡返さなかたのって何時間くらい?」
「1週間……いや、2週間くらいかな」
「はい、有罪! 何もしてないっていうか、何もしなかったのが原因じゃん。そんなに構わなかったらサボテンだって枯れるぞ! 多分!」
ビールジョッキを勢いよくテーブルに置く。
「なんでその子と付き合ったんだよ。顔が好みだったとか?」
「いや、付き合ってって言われたときフリーだったから」
今世紀最大の「はあ?」が出俺の口から飛び出した。
「付き合ってって言われたら付き合うの? 奢ってって言ったらおごるの? 結婚してって言ったら結婚してくれるわけ?」
「おおげさだし言ってることめちゃくちゃだし。というか園田、いい加減飲み過ぎだぞ」
「これが飲まずにやってられっか! お前が失恋したって言うから旨い酒が飲めるかと思ったらこれだよ……マジでやだ」
大学で同じ講義をとっている宇田川は、どう見てもぶっきらぼうで愛想もなく気の利いた言葉とも無縁なくせに、なぜか彼女がすぐできる。確かに黙っていればかっこいい。シュッと背が高くてクールな顔立ち、ちょっと壁にもたれかかってるだけで絵になる外見。こんな人が彼氏なら誰もが羨むカップルになれる、と妄想がはかどるのも無理はない。が、本人が淡白なので連絡は最低限、デートは相手任せで、理想とのギャップに幻滅した相手からすぐに別れを切り出される。正直、そこまで興味がないなら告られてもOKするなと言いたい。こうやって一緒につるんでるぶんには楽しいんだけど。
元カノも可哀想に。せっかくのクリスマスを一緒に過ごせると思った男がこいつで。なお、俺こと園田ツカサは常にフリーである。別にいいの、女に興味ないし。
ハイボールを数杯、その後ゆずみつサワー、焼酎、ワインの赤、白を飲んだところまではなんとなく覚えている。が、その後に感じたのは頬に当たる机のひんやりとした質感だった。「園田、起きろ」と宇田川が例のぶっきらぼうな声で肩を揺すっている気がしたが、体が泥のように動かなかった。
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