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目の前に立つ女の子は、大きな瞳で遠慮がちに日引を見やると
「おばさん。私とお話ししてくれる?」
おかっぱの頭を少し傾げそう言った。
日引はその愛くるしい顔を見ながら(ほっといてはくれないようだね)と心の中でため息をつくと
「いいよ。何をお話ししようかね」
と、笑いかけ自分の隣に座るよう手でベンチを軽く叩いた。
女の子は嬉しそうに笑うと日引の隣に座り、足をぶらぶらとさせ何を話そうか考えている様子だ。
その様子を微笑ましく見ている日引だが、その子が背負う翁の大きな顔が目に見えぬ威圧的な空気をビリビリと日引にぶつけてくる。
「おばさんはいつもこの公園に来るけど一人なの?」
「そうさ」
「じゃあ、私と同じだね。私も独りなんだ」
「そうかい。お母さんとお父さんはどうしたんだい?心配しないかい?」
少し暗くなってきた空を見ながら日引は言った。すると、女の子は俯き寂しそうにしながら
「・・・いないよ。お母さんもお父さんもいない。友達もいないんだ」
「・・そうかい。じゃあ、私があんたの友達第一号になってあげようかね」
「え?本当⁉」
パァっと明るい笑顔に変わった女の子は大きな目を日引に向けた。
「本当さ、じゃあまず自己紹介から始めようか。私は日引って言うんだ。ここから歩いて五分の所にあるアパートに住んでるんだよ。隣によく吠える犬を飼っている家があるからすぐに分かるよ。そこで一人で住んでるんだ」
「あ、知ってる!学校に行く時いつも通るんだけどよく吠えるんだよね。あの犬。じゃあ今度は私の番。私、勅使河原美佐子って言うの。小学二年生。住んでる所は・・」
美佐子は日引から視線をずらし言い淀んだ。
「仲間の樹・・かな?」
「何で知ってるの⁉」
目を丸くして日引を見る。
「何となくね」
仲間の樹とは、近所にある施設で両親がいない子供達が共同で生活をしている。確か、中学校を卒業するまでの期間だけで、その後は出て行かなくてはいけないと聞いた事がある。
高校生ぐらいになればバイトなど出来るとは思うが、流石に学校に通いながらではかなり大変なのは分かり切った事である。ではどうして早々と出してしまうのか。恐らくお金の問題なのではと日引は勝手に想像している。
近年、子供は産むが育てる事が困難。もしくは虐待、育児放棄する親が増えているという。施設の方でもそんな子供達が増え飽和状態になりつつあるのではないか。いくら国からの補助金があるとはいえ経営は大変なのではないのだろうか。
「私ね。あそこ嫌いなの。仲間の樹って名前がついているけど、全然仲間じゃない」
「そうなのかい?」
「うん。だって皆、私の物取っていっちゃうんだもん」
「取る?盗まれるのかい?」
日引の顔色が変わる。
「ううん。盗まれるとはちょっと違うの。あのね、毎月私宛にプレゼントが届くの。玩具だったりぬいぐるみだったり、鉛筆やノート。洋服とか色々。それをみんなが羨ましがって「頂戴!頂戴!」って言って勝手に持って行っちゃう。この服だけは気に入ってるから隠しといたから盗られなかったけど。だからみんな嫌いなの」
「ふん。そうかい。でも、誰がそんなに毎月プレゼントを贈って来るんだろうねぇ」
「分からない。先生に聞いても知らないって言うの。でもね一度だけ箱の下の方にお手紙が入ってた時があったんだ」
「手紙?なんて書いてあったんだい?」
「全部ひらがなだったから読めたんだけどね・・」
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