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嫌がらせ
すぐに公園を出ると、美佐子が生活している仲間の樹へと急いで向かった。
今は十月。日が落ちるのが早く仲間の樹に着いた頃には辺りは暗くなっていた。住宅街から少し離れた所にある仲間の樹は、平屋の大きな施設で周りは林に囲まれており周辺には数多くの街灯が立ち並ぶ。建物の前にはちょっとしたグラウンドがあり遊具も完備されている。
幼稚園の豪華版という感じだろうか。
敷地内に入り建物に近づくと、夕飯の時間なのだろう。いい匂いが辺りに立ち込めていた。
日引は、正面玄関から入ろうとしたが鍵が掛けられていたので、建物の周りをぐるりと回ってみる事にした。
ゆっくりとした足取りで耳を澄ましながら歩いて行く。正面から裏手に回ると、職員の駐車場となっているらしく車が数台停まっているのが見える。
建物からわずかに漏れ出ている明かりと街灯を頼りに歩いて行く。
見ると、駐車場の隅に物置が二つ並んで置かれているのに気が付いた。日引は吸い寄せられるように物置の方へ歩いて行く。
木で出てきた古い物置で、一つ目の物置を開けて見ると竹ぼうきやちり取り、草刈鎌などの掃除道具が入れられている。もう一つの方は南京錠で鍵がかかっており確認することが出来ない。
「ここじゃないのか・・でも、何となくこっちの方のような気がするんだよねぇ」
そう言うと、自分の感じる方向へと歩いて行く。
「あ・・・あそこか」
どうやら自分の勘が正しかったようだ。建物の裏にある林の奥の方、街灯の灯りが届かない所にぼんやりと光るものがある。目を凝らしてよく見ると、ソレは大きな翁の顔だった。美佐子の後ろに憑いているあの翁の面。
その面自体が自らぼんやりと光を発していたのだ。
「ん~。アレは一体なにがしたいんだろうねぇ」
日引は、光る翁目指して歩いて行く。近付くにつれ、翁がふらふらと動いているのが分かった。
「美佐子ちゃん」
「あっ!おばさん!」
美佐子は、手に沢山の服やノート、玩具やペンケースを抱えていた。
「何やってるんだい?こんなに暗い所で」
すると美佐子は俯き小さな声で
「拾ってるの」
「拾ってる?」
美佐子が立っている周りを見ると、服や物が辺り一面に散乱している。
「もしかして、これ全部美佐子ちゃんのかい?」
「うん・・前に言ったでしょ?みんなが私の物全部持って行っちゃうって。持ってかれても別に良かったんだ。お気に入りの物さえあれば。でも、みんなここに捨ててたの・・だから拾ってるの」
「・・そうかい」
日引はチラリと美佐子の後ろにいる翁を見る。翁は顔を赤くし、いやらしく垂れていた目は吊り上がり下顎を下げ口を大きく開けている。どうやら怒っている様子だ。
(ふん・・)
「どれ、おばさんも手伝ってあげようかね。いつも公園に来るはずの美佐子ちゃんが来ないから心配で来たんだよ」
「ごめんなさい」
「美佐子ちゃんが謝る事ないさ。それにしても酷いね。人の物を取っておいてこんな所に捨てるなんてさ」
「・・しょうがないよ。みんなにはプレゼントは来ないから」
翁は益々目を吊り上げる。
(ふん・・)
翁の表情を見た日引はある事を考えた。
「美佐子ちゃん」
「なぁに?」
美佐子は両手に沢山の荷物を持ちながら日引の方を向く。頭や体に沢山の葉っぱが付いている。
「おばさんの所に来るかい?」
「え?おばさんの所?」
「そう。おばさんの所で一緒に住んでみるかい?」
「ええ!いいの⁉」
美沙子の表情がパァっと明るくなり、翁の表情が和らぎ元の柔和な表情に戻った。
(やっぱりね)
「まず、施設の人と相談しなくちゃいけないね。簡単に連れて行くことは出来ないだろうから」
「うん・・でも・・」
先程の嬉しそうな顔から一変、悲しげな表情になる。
「どうした?」
「やっぱりいい」
「いいって?」
「私ここにいるよ」
「どうして?こんな事されて嫌じゃないのかい?」
「それは嫌だけど、私ね、前におばさんが言っていた「あしながおじさん」の本を読んだの。とても面白かった。私がここにいなくちゃ、あしながおじさんのプレゼントは届かないし、会う事が出来なくなっちゃうでしょ?」
「・・・そうかい。美佐子ちゃんがそれでいいって言うんならいいけどね」
「私は大丈夫。だって、あしながおじさんと優しいおばさんがいるもの。それにね・・」
「それに?」
「私、ここに好きな人がいるんだぁ」
「好きな人?へぇ~!」
日引は大袈裟に驚いて見せた。
「へへへ。後藤君って言ってね。とっても優しい人なんだよ」
美佐子は照れながら言った。うしろの翁も、何だかニヤニヤした表情になっている。
「ハハハ。そうかい。なら離れたくはないね。よし!さっさと拾って片づけちゃおう。それにしても街灯の灯りが届かないこの暗い中で、よく拾えるもんだよ」
「え?そんなに暗くないわよ?ぼんやりと明るいじゃない」
「・・・そうかい。それならいいんだ」
美佐子が明るいと感じているのは、美佐子の後ろにいる翁が発光し照らしているからである。その明かりを感じ取っているのか。それとも何も分からずただ明るいと思っているだけなのか。
美佐子の手伝いをしながら美佐子の背後にいる翁を見た。
翁は、顔を左右に振りながらいやらしく垂れた目で地面を見ている。それは、美佐子と同じ目の動きをしているかのようだった。
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