2人が本棚に入れています
本棚に追加
首鰐は首から先だけがある鰐だ。胴体四肢尻尾はない。
首から先はあるので口、歯、眼、鼻、耳はある。なので顔鰐でもいいと思うのだが何故か首鰐と呼ばれている。
首鰐は小型軽量なので小回りがきく。そして極めて獰猛なので、他の六体(尻尾が入る)満足な鰐たちからも恐れられている。
首鰐は猛烈な勢いで餌となる動物や魚に向かうと、見境なしに食いちぎっては断片を辺りに撒き散らす。なので、凄惨な地獄を見せられるようなものだ。
ある日本人が法規スレスレで首鰐を輸入し、手に入れて飼っていた。3日後には、飼い主の一家は全員がズタズタに噛みちぎられた状態で見つかった。首鰐はとうに逃げていた。
大騒ぎである。どうやったら捕まえられるのか、それよりも見つかるのかどうかさえ疑問符がついた。
じっと次の犠牲者が出るのを待ったところで、首鰐はあっという間にどこかに逃げ去っている。
やはりここは罠を仕掛けるしかないだろう。ということで、生きた豚を檻に入れ、ネズミ捕り式に罠にはめることにした。豚は引きちぎられ、首鰐はどこにも見当たらなかった。
天敵はいないのか著名な鰐研究者に問い合わせたが、生態が分かってないので天敵も不明だとの回答が来たに過ぎなかった。
首鰐を輸入した業者を通して現地の捕獲した状況を尋ねたが、偶然と運に助けられて罠に引っかかったようなものだった。なので大した役には立たなかった。
首鰐対策委員会が頭を抱えていると、一通の投書が舞い込んだ。とある女子高校生からのアイデアで、要旨は次のようなものだ。
首鰐は、失われた自分の胴体を探しているように思われる。だから、首鰐とマッチングの良い鰐を囮に使えば、首鰐はワニの首を食いちぎって自分が代わりにワニの首になるのではないか。
そうなれば図体が大きくなるから見つけ易く、捕まえ易くなるだろう、というものだ。
藁にもすがりたい思いの首鰐対策委員会はこの案に乗ることにした。何もやらないよりははるかにいい。
首鰐の大きさと特徴から、体重1tぐらいのアリゲーターが良いと推定され、至急北米から養殖鰐が特例扱いで取り寄せられた。
そして罠は仕掛けられた。今度は遠くから300台のカメラが監視し、録画しようとしていた。
それは深夜のことだった。12時間交代で張り付いている首鰐対策委員会の技術員が、警報灯の点滅に気付き、暗視カメラの視野を隈なく注視した。
首鰐はひっそりとアリゲーターに近づいていた。不気味な影だった。アリゲーターも反応し、警戒心を最大限に上げたように見えた。
突然首鰐はアリゲーターの首筋に横から噛み付いた、一瞬両者は絡まって一回転した。
次の瞬間にはアリゲーターの大首は食いちぎられ、転がっていた。
監視員は失禁しそうなのを必死でこらえた。
アリゲーターの胴体はまだピクピクと動いている。その齧り取られて血が噴き出している首に、首鰐は自らくっつくと、首回りにぼうっとした光が発生した。
グエーッ、グエーッと不気味な叫びがしばらく続いたと思うと、アリゲーターの四肢がゆっくりと動き始めた。
そして後ろ足で立ち上がると、腹の底から響き渡る声で言った。
「我は首鰐なり。こうして胴体を得た今、恐れるべきものは何もなくなった。そしてここは生きた餌が多い。たっぷりと食べさせてもらうぞ」
監視員は恐怖のあまり硬直した。
マスコミはこぞって記事を打ちまくり写真とともに、あるいは動画とともに社に送った。
翌朝は大騒ぎになった。号外も通常より多数枚印刷され配られた。
まるで大怪獣が現れたような騒ぎだった。
その日、最初の犠牲者が出た。
その人間は運の悪いことに、フラフラしながら首鰐に近づくコースを取ってしまっていた。
首鰐の目が赤く光った、のそのそと近づいていくと、最後の一瞬は電光石火の早業で、胴体を食いちぎり、ついで骨ごと食べつくしてしまった。
この映像も撮られたがあまりに残虐なのでTVでは放映されなかった。しかし結局はほとんどの動画サイトに多数アップされた。恐怖は一気に広がった。
一方、首鰐アリゲーターは巨大な尻尾で撮影機材を薙ぎ払うと、何処ともなく足早に去っていった。
数日後のこと。やっと首鰐アリゲーターの足取りをつかんだ対策委員会は、追跡を開始したが、またも逃げられてしまった。
しかしその翌日、虫の息の首鰐アリゲーターが発見された。さまざまな領域の専門家たちが遠巻きにして見守る中、首鰐アリゲーターは息を引き取った。もちろん一体化した首鰐も死んだ。
そのことが確認された後、調査を進めた専門家たちは戦慄した。
首鰐アリゲーターの死因は、新型コロナによる急性肺炎の悪化だった。
首鰐アリゲーターは極めて厄介なウィルスの巨大な増殖・拡散装置になっていたのだった。
最初のコメントを投稿しよう!