メリィクリスマス

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 少女は大人になろうとしていた。その兆候は、子猫が来たのとほぼ同時に始まっていた。紅の季節が突如やってきて、未知の毛の成長と共に胸は張り裂けんばかりに大きくなり、腰つきも滑らかになってきた。しかしそれ以外は何一つ変わらない、宇宙のキャンバスに夢を描き続ける次第であった。  子猫は大人の猫になっていた。潰れた片眼が歴戦の海賊みたいな貫禄を出しており、身体もえらく大きく、どっしりと構える大きなカエルを思わせる。しかしながら潰れてない目の方は、少女の元へ来た時と一寸も違わぬ、純粋無垢な悪戯っぽい目のまま、相変わらず少女だけを常に映していた。  一人の人間と一匹の猫は、ごくごく幸せな生活を送っていた。文明から離れた、最も幸せな二人だけの世界を謳歌していた。  昼は昆虫を沢山集めて食べた。食べ物が共通しているのは幸いで、それを狩りのように楽しんでいた。土嚢袋で来る支給品も心なしか増えているようで、お腹は常に満たされているようになった。  夜は寝床で温め合いながら、同じ夢を見るのだが、女が空を見に外に出る時は猫も同行し、いつまでも呆れることなく、女の美しく尖った指先を追い眺めていた。  楽しい時間は早く過ぎ去る。女と猫は一時も離れずに、共に成長と温もりを噛みしめ合っていた。女はもう少しだけ成長し、猫は年老いていった。  女は近頃、猫とお揃いで尻尾のようになっている地面に着きそうな長い髪をとても気に入ってはいたが、少しだけ鬱陶しくもなっていた。そんなことを考えながら、また不意に夜空を眺めては、指先でブリキのロボットを、何重にも重ねて輪郭が濃くなるまで描き潰していた。  ログハウスから大きな音がした。猫が警戒の面持ちでその方向を向いて、背中をブラシみたいに毛羽立たせて「シャーッ」と蛇のような声を上げていた。猫を撫で宥めて、ログハウスの方に向かう。猫も重い足取りであとを追う。  ログハウスに入ると、大きな木のテーブルに手紙があった。いつかと同じ光景だ。 ――メリィクリスマス――  しかし、ブリキのロボットはどこにも無かった。女は期待してテーブルの下を覗き込んでみたが何も無かった。不思議そうな顔でキョロキョロと視点を動かしていると、部屋の隅っこに人影が見えた。座っている人影。恐る恐る近づいてみると、今まで無かった椅子の上に、箱形の頭、箱形の胴体をした、頭上に赤いアンテナが立っている初期のAIロボットが座っていた。水色をしているこのロボットは、ブリキのおもちゃをそのまま大きくしたような姿形ではあるが、人類が大発展を遂げる最大の要因となったAIお手伝いロボットであるので、機能としては人間と同じような働きができる。どこか見覚えのあるこのロボットは、女が真に欲していた物であったので、意気揚々と近づき、最愛の人に対するように抱きしめた。その時、背後から唐突に、今まで聞いたことのない地響きのような低い声がした。 「メリィクリスマス」 後ろを振り向くと黒いひげのサンタがいた。何と言ったのかは判らないが、恐らく脅し文句だろう。女がサンタの顔を引っ掻こうとした瞬間、いとも軽々と腕は捕まれて、素早く首筋に注射をされた。熊みたいな手であった。ニヤリと笑った黒いひげ面の、その腕の中に堕ちてしまった。最後に見えた光景は、猫が必死に男の足に食らい付いている様子。醜いサンタは訳の分からない叫び声を上げながら、可愛らしい隻眼の猫を蹴り飛ばしていた。愛猫は、内蔵が潰れたような酷い声を上げながら宙を舞っていた。
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