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ログハウスに入ると、まず蝋燭を点けた。テーブルの上で粉々になった貝殻を見つめていると、猫がトボトボと現れた。一週間何も食べていなかったのか、あの男のせいで身体を悪くしたのか、極端にやせ細っていた。しかし、女を捉えた猫の片眼は出会った時のように潤んで、輝かしく喜んだ。息を吹き返したみたいだ。女は猫を抱きしめた。もう離れない。そう心に決めた。前に来た支給品を新しく汲んできた桶の水でふやかして猫にあげるが、一向に食べる気配がないので、その日は早々と寝床へと入った。次の日の夜明け、寝床から動きたがらない猫を起こさぬように、女は沢山の幼虫を採取しに行った。ログハウスへ戻り猫へ与えてみるが、これも食べない。どうすればいいのか分からず、動かないのですっかり忘れていたロボットの方へ向かった。
「起きて、バウワイズ」
すると、目とアンテナが赤く光り、ロボットは起動した。しかし一向に、椅子から立ち上がる気配がない。彼らは本来、人間より良く動き、どんな質問にも答えるお手伝いロボットであるはずだ。女は何度も、記憶している数少ない言葉のひとつを投げかけた。
「起きて、バウワイズ」
女は泣きながら、ロボットを抱きしめた。そして寝床へ戻ると、猫を抱きしめた。元気な方の目も、段々と開かなくなっている猫を抱きしめながら撫でると、グルグルごろごろと、いつものように猫鳴りを始めて、いつのまにか寝入ってしまった。
目を覚ますと、世界はもう夜になっていた。外に出て、真っ暗な天井に針で開けた穴が光る自由のキャンバスに、いつも通り何かを描こうとした。しかし、何も思い浮かばなかった。粉々になった貝殻はそのまま星であるし、子猫とブリキのロボットは実際に来てくれた。そうだ。それ以外、何があるのだろうか。それだけで、十分過ぎるではないか。
女は男に連れ去られてから、思いのほか憔悴し切ってた。慰めるように、さっきまで起き上がらなかった猫が外まで出て来て、擦り寄って来た。女は涙を流しながら、初めて出会った時のように抱きしめた。
しばらくそうしていると、猫鳴りが止んだ。
猫は、静かに息を引き取り、冷たくなっていった。
「ずっと一緒だよ」
約束は、今を以て破られた。
女の涙に輝く、満天の星は美しい。
「うそつき」
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