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とある港町。
ハンブルグでも、リバプールでも、マルセイユでもないが、そのいずれともそっくりな港町。海の荒くれ男たちが、酒場で騒いでいた。
アコーディオン弾きがひとり、流行りの歌を弾いていた。まだ10代の少年には、その楽器は大きすぎるようだった。たった10曲しか弾けなかったが、荒くれ男たちにはそれで十分だった。
少年は店に雇われているのではなかった。弾き終わると帽子をひっくり返して、その中に小銭を入れてもらうのだ。稼ぎは気まぐれな客の気分次第だった。
誰かが叫んだ。
「マチルダが来た!」
男たちは一斉に入口を見た。女がひとり、店に入って来た。男たちは口笛を鳴らし、机をタンブラーやジョッキで叩き、足を踏み鳴らした。
「マチルダ!マチルダ!」
女の後から、さらに男たちがぞろぞろと入って来て、店は瞬く間に満員になった。
女は少年の方に近づいた。
「いつもの曲を弾いておくれ!」
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