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『こんな状況で寝られる訳がない。どう言おうか考えていただけだ』
「ん、何を?」
遅れて来た言葉に返すと、ふたたび黙った。続いて咳払い。また、しばらく間を置いて
『済まなかった。最初に酷いことを言ったのはおれだ。アコ、戻って来てくれ』
別れた女房に漏らす泣き言のような台詞に、赤尾は笑わずにはいられなかった。
『何だよ』
「いや。失くしてからはじめて、有り難みに気付くんだなーって思っただけさ。あんがとな、コーダ」
陳腐な失恋の歌のような言葉で応じてから、少しだけ後悔した。今度はスピーカーの向こうから、笑いを堪えるような声が漏れ出てきたのだ。
「笑うなよ」
『お互い様だろ。とにかく、あとはこっちでナビゲートする。端末を広げてくれ。いや、その前に立てるか?』
見上げると、ドローンは既に上空の高い位置に滞空していた。
ポケットから巻物型端末を取り出す。虚穴や大型生物の反応がリアルタイムで更新されるマップが表示された。
「おうよ」
立ち上がり、目と耳と鼻を凝らす。端末の表示も完璧ではないから油断出来ない。だが、近くには何もいなさそうだ。
6.
すでに事切れたマンティコアに視線を落とす。
侵獣を含む侵略的来訪種──実際の所は定かではないが、虚穴から迷い出た生物は異なる世界の生まれと言われている──は、人類にとって看過できない脅威だ。
同時に、これらの生物が体内で生成する未知の化学物質の数々は、科学や産業の発展に大きく寄与する希望でもある。
今、赤尾が取り出した端末もまた、来訪種を研究する過程で発見された技術が用いられている。
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