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第一幕 開幕
グレー掛かった幕が上がる。
2月14日、朝7時頃どんよりと重い色をした雲の隙間から光が挿す。
「あ、晴れてきた」
天気予報では曇りのち雪のはずだったが、眩しいほどの光が僕の顔を照らした。
目を細め光の元へと目を向ける。
「はぁ…」
溜息が漏れた。今日一日僕の心が晴れる気はしない。
バレンタインデー。
世の中の男という男の心が浮き足立つ、年に一度のイベントだ。
家の玄関を出たばかりだが、歩みを止め既に帰りたい気持ちが溢れてきた。
「よぉ!ソウスケ!」
背後から軽快に弾んだ声が耳に届いた。
「あ、おはよう。」
現れたのは同じアパートの1つ上の階に住む幼馴染のカイトだった。
重たい空が晴れたのはこいつがきたからか。
カイトは根っからの晴れ男だ。
小学生の時の遠足、中学生の時の修学旅行。
そして高校生になって初めてのバレンタインデー。
イベント事に持ってこいの男だ。
「朝から何ため息ついてんだよ。重てぇなぁ。」
「見てたのかよ。…察しろ。」
カイトは大袈裟に顎に手を当て考える。
パッと閃いた顔をしたと思ったら、嫌という程ニヤニヤした顔でこちらを覗き込んできた。
「…そういうことか!お前今年も好きな子のバレンタイン事情が気になってモヤモヤしてるんだろ〜」
「うるさい…」
僕には好きな子がいる。
僕が住んでいるアパートがある通りの一本隣の通りにある、僕の家より少し小さいアパートに2年前引っ越してきた同い年の女の子だ。
前に父が言っていた。
「あそこの家は母子家庭でね、上のお姉さんが家事や妹の面倒を見てるんだって」
父は町内会長をやっていたということあり、引っ越してきたその親子を大層気にかけていた。
その話を聞いてから自然とその子がいると目で追うようになった。
「お前あの子が引っ越してきてから一度も声かけれてないんだろ?せっかくの機会だし今日話しかけてみろよ」
僕はムッと口を尖らせる。
そんな僕を見てカイトはフフッと笑いを堪えながら言う。
「去年もバレンタインデーにあの子が誰かにチョコを渡すのかなってソワソワしてるじゃないか。
いやー、でも高校も違うからその可能性は十二分にあるよなぁ」
僕はグーでカイトの腕をグリグリと押し反撃するも、その通り過ぎて何も言い返せはしなかった。
「イタいイタいっ。てかやば、もうこんな時間じゃん。早く学校向かおうぜ!」
時計を見る。7時12分。
僕たちは足早にバス停へ向かった。
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